ピアノブロッサム

Category VIII 「夢」

2016/06/24
Category VIII「夢」

 今回のテーマは「夢」である。その最もポピュラーなピアノ曲といえばシューマンの「トロイメライ」だろう。この曲については、かねてから思うところがあるので、別枠として後述する(当シリーズとしてのローベルト・シューマンは別のカテゴリーで扱う)。その他この世代(1810年代生れ)のピアノ曲に「夢」をテーマとしたものは多いが、さすがに短調で書かれた作品は容易に見つからない。毎回公開する4曲は同じ調性が重ならないよう、長・短調いずれにも偏らないよう工夫してきたが、テーマによっては圧倒的にどちらかに揃ってしまうものがある。長調の「葬送行進曲」を探すなど、時間の無駄であろう。

 今日、「クラシック」として残った作品に「夢」のタイトルは意外に少ない。これは劇的であったり、深刻な悲壮感を持つ作品をより名作と考えてきたことの裏返しでもある。ピアノが世に現われた時、音楽家たちはこぞってそこに夢を見、夢を託した。“失われた夢”の一端を拾ってみよう。

  「ピアノの練習ABC」、「ラジリテ」を書いたル・クーペは傑出したピアノ教育者として知られ、教則本以外にも極めて上質の、味のある小品を書いている。私の手許には上記の二作を収録した安川加寿子演奏によるLPレコード(ビクターSJV-1203)があるが、驚くべきことに、ここにはル・クーペの作品であるということすら書かれていない。ということは、彼の名はほとんど認識されなかったらしい。「夢」は「心の歌 Op.12」全3曲の第1曲

ル・クーペ:心の歌 Op.12 第1曲「夢」 Félix Le Couppey / Chants du cœur No.1 "Le Rêve" pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2016/6/19)

     ウィリアム・ヘンリー・ホームズ(1812-1885)は19世紀イギリスピアノ音楽の重鎮で、その音楽は独創的かつ純イギリス風なものである。Op.番号はなく、創作の前後関係や総数が掴みづらいが、100を超える作品があるとみられる。「子供の夢」は1847年ドイツで出版されたもの。シンプルな主題は繰り返される度に微妙に変化し、弾き手を混乱させる意図がみられる。

    W. H. ホームズ:子供の夢 W. H. Holmes / Das Kindes Traum, Divertissement pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2016/6/19)

     フェリックス・ゴドフロア(1818-1897)はピアノと同時にハープの名手だった。今日ではハーピストたちのレパートリーにおいてその名を留める。Op.番号にして214、約300点にのぼる作品はピアノ曲が大多数を占めるとはいえ、ハープを思わせる柔軟で明瞭な音感を基調とする。「金色の夢」はその象徴的作品。

    F. ゴドフロア:金色の夢――東洋風 Op.37 Félix Godefroid / Les Songes dorés, Orientale Op.37 pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2016/6/19)

     ポール・アンリオン(1819-1901)は19世紀半ば、フランスの流行歌曲・歌劇作曲家としての脚光を浴びた。同年生れのオッフェンバックに近いタイプといえるだろう。当初はピアノ曲を中心にOp.番号付けでスタートしたが、30番台に入ったところで歌曲作家に転向、番号を廃した。そのポップな歌謡性、軽妙なセンスは初期のピアノ曲「幸福な日」にも伺える。レヴェリー(夢想)というタイトルもこの世代によって流行する。ドビュッシーはその最後を飾る位置にある。

    P.アンリオン:レヴェリー(夢想)Op.18 Paul Henrion / Jour de Bonheur, Rêverie Op.18 pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2016/6/19)

    ● 付録 「トロイメライ」

     音楽関係者でなくとも、「トロイメライ」を知らない人は稀だろう。どこかの町ではメロディが時報として使われていた。さて、この「トロイメライ」の速度表示がどうなっているか、御存知だろうか。答えは各自楽譜を見て頂くとして、一般には余りにも作曲者の指示を無視したテンポで衆知されている。

     「子供の情景 Op.15」の全13曲中7番目に登場するこの小品は、スローテンポの、文字通り寝入ってしまいそうな音楽となっているのが常である。しかし、眠りのための音楽は12曲目に「子供は眠る」として別に用意されており、短い曲集の中で二度も寝るのはおかしい。要するにトロイメライは「夢見心地」であって、ここで子供は寝ていない。好奇心に満ちた子供の挙動を次々に描くこの曲集の真中に「巨大なアダージョ」が置かれることで、それまでの流れが中断し、全体の見通し、バランスが悪くなってしまうと私は感ずる。

     メトロノーム表示は目安にしても許容範囲はあるだろう。恐らくこの曲を知らずに楽譜に向き合う人はほとんどいないと思われる。幼い頃からの聴覚体験がいかに強固な洗脳となって音楽家たちを支配してしまうか、恐ろしいものがある。楽譜を尊重するという原則に従わないだけの理由があるのだろうか。

    R.シューマン:子供の情景 Op.15 第7番「トロイメライ」 R.Schumann / Träumerei pf:Osamu N. Kanazawa (録音:2016/6/19)

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