リストのライバルとされたピアノの貴公子・タールベルクは今日、余りにも過小評価されている。それは、ポピュラーなメロディを超絶技巧で飾り立てるだけの人、といった誤解で、私自身も従来の音源から受けたのはそうしたイメージであった。しかし、事実は違う。リストと同じく、タールベルクはオペラのファンタジーばかりを書いていた訳ではなく、その優れたオリジナル作品に注意を払われなかったことが大きい。「バルカロール」はその非凡な片鱗を示すものといえる。
Category VII 「バルカロール」
バルカロール─舟歌もピアノの普及と共に流行したタイトルで、多くは6/8拍子の小舟が揺れるような複合2拍子のリズムを持つ。バラード同様、印象的なメロディを登場させ、水面のきらめきを暗示する細やかなパッセージがそれに絡む。一般にゆったりした曲調の印象があるが、全般的にはそれ程テンポの遅い曲種ではない。ここでは、比較的敏捷なバルカロールを集めてみた。作曲家にとっては創造性よりもピアニズムの違いが極立つジャンルといえるだろう。
アドリアン・コディーヌは穏健な表情の中に独創と達観を備えた音楽家なのだろう。広大な空間を感じさせる「バルカロール」はハ長調に始まり、間もなくイ長調へと転じ、そのまま終結する。そこに迷いは感じられない。
アルフレド(本名ジョゼフ)・キダン(1815-1893)はリヨン出身で、パリにて没。Op.番号のあるもの、無いもの合せて100点余りのピアノ曲があるとみられる。異質なものを継ぎ合せるような、独特の生硬な書法は、不思議な情趣を醸し出す。「Il pleut, Bergere―――雨だよベルジェール(羊飼い)―――」は同名のフランス古詩によるパラフレーズ。ギダンはバルカロール・ド。コンセールという副題を与えている。
エドゥアール・ヴォルフのOp.333に及ぶピアノの創作史は、この世代のピアノ音楽の中枢の一角を占めるものである。ショパンの後を追うように、ワルシャワに生れ、エルスネルに師事し、パリに出たヴォルフはショパンの影の如き存在で、ピアノ音楽の巨大な神秘と闇の主といった趣きがある。名ヴァイオリニスト・ピアニストとして知られたヴィニアフスキ兄弟は彼の甥であり、弟子のシャブリエは、その奇想を師から引き継いだかに見える。「バルカロール第2番」はその例証の一つ。