ピアノの逸品:1906年製のスタインウェイピアノ
最近取材した古いスタインウェイの修理を手広く行っているある楽器店の技術者の方によると、100年ほど前のローズウッドの化粧板を持つスタインウェイピアノは「ハズレ」が少なく名器揃いだ、とのこと。また、ローズウッドの中でもこのピアノの外装材である「ブラジリアンローズウッド」は、現在絶滅危惧種とされワシントン条約によって輸出が制限されているそうです。ピアノが貴重な自然の資源を大量に使った楽器であることを思い出させてくれます。
その音は柔らかく、現代のスタインウェイピアノとはかなり印象の違うものでしたが、その見た目とともに美しさの際立つものであったと記憶しています。
1906年製のスタインウェイピアノ 『自分のピアノ』を求める。
1906年製のスタインウェイピアノの紹介と、購入に至る経緯を紹介している個人のホームページがある(http://tokyo.cool.ne.jp/takipiano/index.html)。美しい写真の数々に惹かれ、そのページの主催者、ピアノの所有者である斎藤隆浩氏を訪問した。
おすまいは東京の六本木で表通りから道一本隔てた場所。都心でありながら、閑静な一角にあるマンションの一室である。ご自宅のリビングに入ると、部屋のほぼ中央、壁際に置かれたローズウッドのピアノが目に入った。
少し演奏をさせていただくと、音の弱さや鍵盤を押したときの緩さなどはまったく無く、「古い楽器」と聞いて抱いていたマイナスイメージは完全に払拭された。聞けばニューヨークで最も腕がよく、格式の高いアンティークピアノ修復業者に依頼され、響板、アクション、鍵盤、弦、ペダル、金具等をすべて新しいものに替えてあるとのこと。骨格部分を除いてほとんどが新品のピアノとして再生されているわけだ。しかも、フレームや外装にも念入りに再塗装が施され、見た目にも古さを感じさせない。とはいえ、象嵌細工の飾り文字や、譜面台、脚部など各部の意匠は100年前という時代を感じさせるものであり、現代のピアノでは得難い美しさを持っている。このように古いピアノを現代のコンサート用の楽器としても機能的に通用するピアノに仕立てるのはとてもアメリカ的な合理的考え方であるが、ヨーロッパではオリジナルの響板やアクションをなるべく残し、その楽器としての機能よりも歴史的価値を尊重する考え方の業者もいて、これは文化的な価値観の違いによる、とのことだ。
このピアノには外装塗装の色調から、ボルトの色、金具の材質にいたるまで、斎藤氏のこだわりが徹底して反映されている。音響に関わる部分についてはプロに任せつつ、色の統一感などを求めるため、非常に細かな注文を出されたという。氏は国際弁護士というお仕事の一方で、バイオリン製作(4台目を製作中)、デンマーク家具収集、陶磁器収集、大工道具収集といった多彩な趣味もお持ちだ。「自分のための一台のピアノ」を作り上げるために、ここまでの労力とこだわりをかけた方にははじめてお会いしたが、多方面に深い興味と造詣のあることをお聞きして納得した次第である。そうして完成したピアノにはとても満足されていて、休日はもちろん毎日の出勤前にも30分ほど練習し、他の趣味よりもいまは「ピアノの演奏が楽しい」そうだ。長年独学で練習されてきたが、最近はレッスンも始められた。「将来家庭を持っても趣味は大切にしていきたい」とのこと。
さて、このピアノはニューヨークで購入されたものであり、修理や運送にかけた費用を考えると、とても高価なのではないかとお見受けしたが、実は新品のスタインウェイピアノを定価購入するよりも安価だったそうだ。古いピアノには、今では手に入らないようなすばらしい材質で作られたものがあり、それも選択理由のひとつだ。ピアノは複雑な機構をもち、稼動部分は経年変化によって消耗する。しかしフレームや木製部分は、良い材質であればバイオリンや家具などと同じく、むしろ使い込むほど音にも見た目にも深い味わいが得られるものだ。
良い楽器を見極めるには、ピアノについての知識や音楽に対する感性、そして良い業者との出会いも欠かせないものであり、かなりの手間もあるだろう。しかしその苦労も楽しさと思えるなら、「自分のピアノ」を求めることは、音楽好きとしてむしろ当然ではないかと感じた。ピアノ探しから修理、運送、現在に至るまでの経緯は前述のホームページに詳しく掲載されている。もともとこのサイトは新品のピアノを購入するのが唯一最高の方法ではなく「こういった選択肢もある」ということを伝えたいという思いで開設されたという。「自分のピアノ」にこだわりたい方はまずは氏のサイトを訪問されてはいかがだろうか。