ピアノの19世紀

16 ノクターンとピアノ文化 フランス近代とノクターン その2

2009/04/03

2 フォーレのノクターン

(1)フォーレとサロン    フォーレのノクターンではその和声法やゼクウェンツを用いた独特の旋律構成法が重要ですが、ここでは作曲技法には立ち入らないで、作品が生み出された場、サロンとの関係について取り上げたいと思います。というのは、ノクターンこそが、場の音楽だからです。
 フォーレの作品もまた奥方の主催するサロンと多く結びついています。以下はサロンとノクターンの創作との関連を示しています。

ヴィアルド夫人(1872?-1880?)    ノクターン第1番(作品33-1)
サン・マルソー夫人(1875?-1920?)  ノクターン第2番(作品33-2)
ポリニャック夫人(1888?-)      ノクターン第6番(作品63)
マイヨ夫人(1916-)          ノクターン第13番(作品119)

 ここに列記したのはノクターンのみですが、「舟歌」などのピアノ作品や歌曲を含めればさらに彼の創作とサロンとの関連はより密接なものであったことが分かります。
 ノクターン第1番を献呈したヴィアルド夫人のサロンは音楽サロンとして知られ、シャブリエやメサジェ、ドビュッシー、ラヴェル、プーランクらもこのサロンの常連でした。フォーレが活躍した19世紀末から20世紀前期にかけても、サロンがノクターンの創作の苗床でした。
 フォーレの13曲のノクターンは創作時期や出版社との関連からいくつかのグループに分けることが可能です。まず、全13曲の作曲と出版年を一覧表にして示します。

     作曲年    出版年     備考
1   c1875年    1883年     アメル社
2   c1880年    1883年     アメル社
3   1882年?    1883年     アメル社
4   1884年?    1885年     アメル社
5   1884年?    1885年     アメル社
6   1894年     1894年     アメル社
7   1898年     1899年     アメル社
8   作曲年?    1903年     アメル社 ¥
「8つの小品集」第8曲。ノクターンの標題はアメル社が与えたもの。8曲の作曲年は1869-1902年
9   1908年     1908年     ユジェール社
10   1908年     1909年     ユジェール社
11   1913年     1913年     デュラン社
12   1915年     1916年     デュラン社
13   1921年     1922年     デュラン社

 彼が最初のノクターンを作曲するのは1875年ですが出版されるのは1883年で、出版まで8年間の間があります。フォーレは1863年ころに「3つの無言歌」(作品17)を作曲した後、ノクターン第1番まで作品番号のあるピアノ作品は書いていません。  ロバート・オーリッジはフォーレの年代区分として第1期を1860年から1885年、第2期を1885年から1906年、第3期を1906年から1924年に区分していますが、これをノクターンに当てはめると、第1期は第1番から第5番、第2期は第6番から第8番、第3期は第9番から第13番に分類できます。


西原 稔(にしはらみのる)

山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期退学。現在、桐朋学園大学音楽学部教授。18,19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「聖なるイメージの音楽」(以上、音楽之友社)、「ピアノの誕生」(講談社)、「楽聖ベートーヴェンの誕生」(平凡社)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」(講談社)、「音楽史ほんとうの話」、「ブラームス」(音楽の友社)などの著書のほかに、共著・共編で「ベートーヴェン事典」(東京書籍)、翻訳で「魔笛とウィーン」(平凡社)、監訳・共訳で「ルル」、「金色のソナタ」(以上、音楽の友社)「オペラ事典」、「ベートーヴェン事典」(以上、平凡社)などがある。

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