ピアノの19世紀

05 都市のピアノ音楽風土記  ベルリン  その2

2008/03/27

 作曲家のライヒャルトは1805年、「ベルリン音楽新聞」を創刊します。創刊号の楽譜紹介欄にはどのような作曲家の作品が並んでいたのでしょうか。ピアノ曲独奏曲に限定しないで、ピアノを含む編成の作品の中から、3点以上の掲載の作曲家をまず紹介しましょう。
バッハマン(6点)、ベートーヴェン (6点)、ケルビーニ (5点)、クレメンティ (5点)、クラマー (4点)デュモンショー(7点)、エーベルト(5点)、エーダー (3点)、フェッラーリ(7点)、フィッシャー (3点)、フェルスター(6点)、ガレンベルク(3点)、ゲリネク(3点)、ギュロヴェッツ(3点)、カンネ(6点)、クラインハインツ(7点)、クロイツァー(3点)、クンツェン(3点)、リポウスキー(9点)、マトウシェック(3点)、パウゼヴァンク(3点)、シュタイベルト(17点)、ヴィゲリ(4点)、ヴァニハル(12点)、ヴェルフル(9点)、
 この新聞はベルリンの音楽愛好家を主対象としたものですから、ベルリンの人々にどのような情報が提供されたのかという視点で見なければならないでしょう。もっとも掲載点数の多いのは、シュタイベルト、ヴァニハル、リポウスキー、クラインハインツ、ヴェルフル、フェッラーリ、デュモンショーなどの作曲家です。ベートーヴェン もベルリンで評判を取っていたことが分かります。ベートーヴェンの作品では「7つのバガテル」(作品33) や「ピアノ・ソナタ第15番」 のほか、「英雄交響曲」のなかの「葬送行進曲」や「プロメテウスの創造物」のピアノ編曲が掲載されています。シュタイベルトはベルリン出身の音楽家で、ウィーンでベートーヴェンとピアノの競演したことで知られます。ベルリンでも彼の人気は絶大で、1点に数曲が含まれている記載もありますので、実際の曲数ははるかに多くなります。その中心はピアノ・ソナタです。掲載されたソナタの全曲数は14曲、ソナチネ12曲に及んでいます。そのほか「幻想曲」や「ロンド」、「ワルツ」などジャンルの広範に及んでいます。シュタイベルトはタンバリンを得意とするイギリス人女性と結婚し、そのために彼は多くの作品をピアノとタンバリン用に編曲し、またピアノ・パートではトレモロを多く用いてタンバリンとの共演の効果を出しています。パリやロンドンで活動した後、ペテルブルクに渡り、同地で没しています。彼は「ピアノ教則本」も著し、それはフランス、イギリス、ドイツの各国語で出版され、19世紀前期に非常に広く用いられました。
 ヴァニハルは、ボヘミア出身で、主にウィーンで活躍しました作曲家で、おもに交響曲で知られました。ここに掲載されている作品は主に、「ヴァイオリンのオブリガート付ピアノ・ソナタ」で、ピアノ独奏作品としては「14のエコセーズ」や「カプリッチョ」です。彼は1739年生まれですので(1813年没)、この時期では一昔の作曲家という感じでしょう。
 ヨゼフ・リポウスキーはボヘミア出身の作曲家で、1722年生まれで1810年に没しています。この作曲家は主にウィーンで活躍し、この新聞に掲載された目録の楽譜はすべてウィーンで刊行されています。ピアノを含む室内楽作品を除くと、「ポロネーズ」や「ロマンス」などの小品です。
 フランツ・クサファー・クラインハインツは1772年に生まれて1832年に没した作曲家で、アルプスのアルゴイ地方の出身です。彼はベートーヴェンと同じアルブレヒツベルガーの師事し、彼も活動の場所はウィーンでした。その意味ではベルリンという場所との結びつきはありません。ピアノ独奏曲としては「手袋」や「戦い」、「ヘクトルの別れ」、そして連弾用のピアノ・ソナタなどが記載されています。標題つきピアノ小品の傾向が広まっていることがこの小品からうかがい知ることができます。
 ヨーゼフ・レーオポルト・ヴェルフル(1773-1812)はザルツブルク出身の作曲家で、モーツァルト にも師事しており、ウィーンやパリを活動の場としました。国際的な人気を得ていた音楽家で、この目録にはピアノ協奏曲第1番やピアノ・ソナタのほかに、「モーツァルトの《フィガロの結婚》のアリアの主題による変奏曲」が並んでいます。フェッラーリやデュモンショーはともにフランスで活躍した音楽家で、楽譜はすべてパリで刊行されています。
 上記の作曲家の中にはベルリンを本拠地とした作曲家はいません。19世紀前期のベルリンが独特な音楽活動を見せていたのは、ピアノよりもリートや合唱音楽の分野でした。ベルリン・リート楽派と呼ばれる作曲家が登場し、また中産階級を中心に「リーダーターフェル」や「リーダークランツ」などの名前の合唱団が組織されました。


西原 稔(にしはらみのる)

山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期退学。現在、桐朋学園大学音楽学部教授。18,19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「聖なるイメージの音楽」(以上、音楽之友社)、「ピアノの誕生」(講談社)、「楽聖ベートーヴェンの誕生」(平凡社)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」(講談社)、「音楽史ほんとうの話」、「ブラームス」(音楽の友社)などの著書のほかに、共著・共編で「ベートーヴェン事典」(東京書籍)、翻訳で「魔笛とウィーン」(平凡社)、監訳・共訳で「ルル」、「金色のソナタ」(以上、音楽の友社)「オペラ事典」、「ベートーヴェン事典」(以上、平凡社)などがある。

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