ピアノの19世紀

序論 19世紀という暗黒大陸 (1)19世紀という魅惑的な謎の世界

2007/09/13
序論 19世紀という暗黒大陸 | 1 | 2 |

(1)19世紀という魅惑的な謎の世界

19世紀という時代は一種独特の魅力を発しています。この時代はノスタルジックな感傷に満ちているとともに、とても現実的な側面も持ち合わせています。その点、18世紀は、私たちの現実からは少し遠い感じがしますし、20世紀はかえって近すぎます。愛すべき19世紀なのですが、この時代の音楽は、ピアノ音楽を含めて分からないことだらけです。19世紀のとくに1830年代を過ぎる頃から、ピアノが市民社会に普及するようになり、ピアノ人口は爆発的に増大していきました。人々の娯楽の限られていたこの時代において、ピアノは人々に最高の娯楽を提供する道具でもありました。

今日、私たちの親しむピアノ音楽の少なくとも半分以上は19世紀音楽であるといっても過言ではないでしょう。ピアニストにとってシューベルトやシューマン、メンデルスゾーン、リスト、ブラームス、などのドイツ・オーストリアの作曲家、ポーランドのショパン、ロシアのチャイコフスキー、ムソルグスキー、北欧のグリーグ、などの作曲家の作品は基本レパートリーとなっており、名曲として親しまれています。

ところで、ここでいくつか疑問も生じます。これらの作曲家の作品は、19世紀のいわば「音楽地図」のどこに位置しているのでしょうか。それにそもそも当時の音楽の現状はどうなっているのでしょうか。たとえば19世紀後期のドイツ・オーストリアのピアノ音楽の作曲家は、どうしてブラームスとリストだけなのでしょうか。世界の音楽の中心としての地位を誇ったはずのドイツとオーストリアにおいて、19世紀後半にどうしてピアノ音楽の作曲家が少ないのでしょうか。さらに、ピアノの普及率がもっとも高かったのはイギリスですが、イギリスのピアノ音楽はどうなっているのでしょうか。19世紀末になるまではイタリアのピアノ音楽の作曲家の名前はほとんど耳にすることはありませんが、イタリアではピアノは普及していなかったのでしょうか。

 18世紀の音楽について私たちはかなり詳細な資料をもっています。20世紀については時代が近いということもあり、直接の資料もかなり豊富です。その点、19世紀の音楽の実情についてはまったく分かっていないというのが本当のところでしょう。19世紀のさまざまな音楽雑誌に掲載されている新譜案内や、ドイツで刊行されたウィストリンクやそのあとを継いだホフマイスターの出版カタログを見ると、そのあまりに天文学的な膨大な作品出版点数に圧倒されてしまいます。私たちのまったく知らない作曲家や作品の数々が無数に記載され、何かラビリンスに迷い込んだかのような錯覚すら覚えます。しかし、これが19世紀の現実です。私たちの現代の原型ともいわれ、私たちがもっとも鑑賞する機会の多い19世紀音楽こそが、私たちの未知の暗黒大陸といっても過言ではありません。

その2》へ続く

西原 稔(にしはらみのる)

山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期退学。現在、桐朋学園大学音楽学部教授。18,19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「聖なるイメージの音楽」(以上、音楽之友社)、「ピアノの誕生」(講談社)、「楽聖ベートーヴェンの誕生」(平凡社)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」(講談社)、「音楽史ほんとうの話」、「ブラームス」(音楽の友社)などの著書のほかに、共著・共編で「ベートーヴェン事典」(東京書籍)、翻訳で「魔笛とウィーン」(平凡社)、監訳・共訳で「ルル」、「金色のソナタ」(以上、音楽の友社)「オペラ事典」、「ベートーヴェン事典」(以上、平凡社)などがある。

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