ロンドンレポート

妊婦のための歌クラス 「ウーム・ソング」

2013/04/12
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妊婦のための歌クラス 「ウーム・ソング」

ロンドンにある病院で試みられているユニークなワークショップに、「Womb Song(ウーム・ソング)」、直訳すると「子宮の歌」と名付けられた、妊婦のための歌のクラスがある。これは、お腹の赤ちゃんに音楽の英才教育をというのではなく、妊娠期間中に母親が歌うことが、妊娠中、出産、出産後の母親と赤ちゃんへのメリットがあるということで、産科スタッフの後押しのもと、病院の一角で行われているワークショップなのだ。

--- イベント情報---
名称:
Womb Song(ウーム・ソング)
場所:
チェルシー&ウェストミンスター病院内 ザ・テント
Chelsea and Westminster Hospital, The Tent(369 Fulham Road, London SW10 9NH)
日時:
毎週月曜18:30~20:00(半年間)
参加:
無料、予約なし
主催:
チェルシー&ウェストミンスター病院ヘルスチャリティ(Chelsea and Westminster Health Charity
URL:
http://www.chelwest.nhs.uk/about-us/news/news-archive/2012/innovative-singing-workshops
ファシリテーター:Maya Waldman
Womb Song:http://singingforeveryone.co.uk/groupsandchoirs/wombsong.php

出産にメリットと、歌のクラスを病院で無料開催
チェルシー&ウェストミンスター病院(ロンドン)
チェルシー&ウェストミンスター病院
(ロンドン)

「ウーム・ソング」を開催しているのは、ロンドンでも大きな国立病院、チェルシー&ウェストミンスター病院の一室。開催主体はチェルシー&ウェストミンスター病院ヘルス・チャリティという、この病院の患者、スタッフ、訪問者へのケアの質を向上させるプロジェクトや最先端の研究への援助を目的とする外郭団体だ。

そこは、「ホスピタル・アーツ」というプロジェクトの名のもと、アートや音楽のプログラムにも力を入れている。アートや音楽が患者やスタッフ、訪問者といった人々のストレスや不安感を緩和し、血圧を抑え、幸福感を感じるホルモン分泌を促進するなどの効果を持ち、それが院内の人々に満足感を与え過ごしやすくするだけでなく、治療後の経過を向上させ、鎮痛剤のニーズを減らすなどの実際的な効用があるとして注目しているからである。一例としては、院内の壁に飾られたアートコレクション、病棟やアトリウムで行うクラシックやジャズ、世界各地の音楽のコンサート、痴呆症や脳卒中患者の記憶や刺激に効果が見られる歌のワークショップ、小児患者のためのアクティビティなどがある。ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージック(RCM)も音楽の分野で参加している。

「ウーム・ソング」も「ホスピタル・アーツ」のプログラムのひとつとして2011年に誕生し、春から秋にかけての6か月間開催され、この2年間で約120名の妊婦が参加してきた。参加費は無料。90分の歌のセッションが毎週月曜の18:30~20:00に開催され、参加者は体調にあわせて予約なしで参加できる。妊娠初期から10回ほど参加できた人もいれば、開催時期には既に臨月に近かった筆者のような人もいて、出産を機に常に人が入れ替わっていくが、だいたい1クラス10名前後が参加している。パートナーも歓迎で、仕事後にパートナーと共に参加している人たちもいる。そこに歌のファシリテーターが1人、主催者側から1人が参加してクラスは開催されている。


歌と呼吸エクササイズの相乗効果
ウーム・ソングのチラシ
ウーム・ソングのチラシ

「ウーム・ソング」へ参加するのに、歌唱の経験や知識は全く必要ない。まだ子どもも産まれていなかった筆者も、イギリスの童謡や子守歌などを知らず不安だったのだが、このクラスは、童謡を再学習するクラスではないので、そういった知識や経験は全く必要がなかった。アンケートによると、実際、参加者の中で、何等かの歌唱経験のあった人は約半数のみだったが、2011年には93.8%、2012年には100%の参加者が参加した後も歌い続けたいという意思を表している。

セッションは、まず全員で大きな円を描いて顔を向い合せながらの呼吸法と発声のエクササイズから始まる。ファシリテーターのマヤ・ワルドマンに従って、楽に声を出しながら顔や頭をマッサージしたり、舌を色々な方向に突き出したり、唇をふるわせたり、首や肩、腕、足を前後左右に動かして、全身の筋肉をほぐすとともに、参加者の緊張もほぐしていく。そして、腕を体の前で上へ旋回させながら高い声を出したり、逆に床にかがみながら声を低くしたり、前に出した腕を左右交互に開くのと同時に大きく息を吐きながら声を出したり、足を一歩前に踏み出すリズムとともに声を出し、それに短い歌詞をつけて繰り返したり。げんこつを作って力んで顔を思いっきりしかめて、その後ぱーっと顔のパーツを思いきり広げて声を出すエクササイズでは、ただ「目や口を大きく広げて」という指示よりも、真逆の動作をすることによって自然にうまくできることを実感する。

そこに、歌のワークショップであることのメリットが見えてくる。妊婦のための産前クラスでも、ただ呼吸法に意識を置いて呼吸のための呼吸をしていると、却って難しく考えて緊張してうまくできない場合もある。しかし、こうしたエクササイズでは、呼吸が動作やリズム、発声と絡み合い、それがいつの間にか歌となり、今度は歌うことを通じて自然と楽な呼吸や発声ができるという循環ができるのである。顔の表情のエクササイズと同じで、高い声と低い声、大きい声とささやき声、と組み合わせながら歌うことで、楽に発声できる幅も広がってくる。ゆっくりと少しずつ息を吐きながら長い音を出してみるエクササイズとは、「ハッハッハッ」とお腹の底から笑うという違う呼吸の仕方を組み合わせるなど。マヤは、毎回こうしたエクササイズを色々と組み合わせ、参加者の様子、妊婦の疲れ度合によって座ったり立ったり、組み合わせを変えて導いていく。


歌で妊娠中の精神的・身体的変化をサポート
ウーム・ソングを取り上げた新聞記事
ウーム・ソングを取り上げた新聞記事

ワークショップで歌う歌は、世界各地の民謡や童謡が多く取り入れられ、参加者があらかじめ知っている歌は少ない。アフリカの歌、南アメリカの歌なども多く、言語も新しい。従って参加者も、知っている曲を好きなように歌うというよりも、その場でマヤの歌う旋律と歌詞に一フレーズごとに真剣に耳を傾けて歌い返し、まわりの参加者の声に耳を傾け、歌いながら学んでいく。マヤが選んだ曲はどれも、シンプルで覚えやすく、繰り返しのフレーズが多く、「あ」などの口を開く広母音を多く含み、ゆっくりで長い音が多く、ポジティブな気分が高まるような短い歌、といったような観点から選ばれている。

これは、その場で覚えやすく歌いやすい、というだけでなく、大きく口を開けた広母音やゆっくり伸ばす音をリズミカルに繰り返し歌うことで、母親が呼吸のメカニズムを無意識にリラックスさせる方法を見出だす助けになる。この方法を母親が習得することで、妊娠期間中のリラックスするための姿勢やエクササイズ法を身につけ、ひいては出産時の呼吸、リラックス方法としても効用があるのである。

ヘルスチャリティのパフォーミングアーツ・オフィサーであるデイジー・ファンコートさんによると、医学的には、歌うことで、エンドルフィンとセロトニンという幸福感を感じさせるホルモン分泌を盛んにし、それがリラックスした呼吸法と併せて、出産時に天然の鎮痛剤として働くと考えられている。実際にクラスの過去の参加者からは、出産時にここで学んだ呼吸エクササイズや歌を思い出して実行し、非常に楽で幸せなお産ができた、という声が寄せられ、病院の産科スタッフからもポジティブな反響を受けている。

また、地元の病院でこうしたサポートがあること、他の妊婦とこうした共通の活動をすることで、地元や他人とのつながりやサポートを感じられ、妊娠期間中の精神的な不安定さを克服する助けともなっているようだ。ある参加者は次のように語っている。

「私は妊娠期間中にひどい鬱や不安感を抱えていたので、『ウーム・ソング』のおかげで非常に救われました。『ウーム・ソング』のアクティビティは非常に効果的で、そのおかげで、ストレスを発散させ、妊娠中の精神的・身体的な変化に身をゆだねることができました。どんなに気分が落ち込んでいても、クラスに来るといつもポジティブなエネルギーを'再チャージ'でき、自分自身と赤ちゃんのために何かいいことができている、と感じることができました。ここに参加したおかげで、私は今、出産に立ち向かえる気がしています。」



産後の親子の絆づくり、赤ちゃんの言語発達をも促進

ポジティブな効果を与えているのは、母親だけではない。母親が精神的、身体的なストレスから解放されてリラックスし、幸福感を感じることは、当然お腹の赤ちゃんにとってもよい胎内環境が得られることになる。デイジーさんによると、お腹に赤ちゃんがいる間に母親が歌うことは、母親と子供の絆を築き、さらには生まれた後の子どもの言語発達をも促進すると考えられているという。生まれる前からお腹の中で耳の器官を発達させている赤ちゃんは、母親の声をコンスタントに聞くことで、母親の声を認識して他の人の声と区別し、声のトーンや音の違いへの認識を高めていく。それは、生まれてからも母親の声を聞くと安心し、話す様子を聞いて読み取りコミュニケーションの始まりをスムーズにすることにつながる。パートナーも積極的に参加することで、パートナーと子どものコミュニケーション、絆を深めることにもつながる。

よく、「お腹の中にいる時から、そして生まれてからも、赤ちゃんへの話しかけが大切」と言われるが、まだ言葉も分からない赤ちゃんに、ましてや顔も見えない相手に話しかけるのには抵抗がある、という親も多い。参加者の中にも、「お腹の赤ちゃんに何をどうやって話しかけていいのか分からなかったし、照れくさかったけれど、歌うことならスムーズにできた。」という人もいた。ひとりで歌うことにためらいがある人も、グループで歌うことでそれも解消されるだろう。

歌は、生まれる前、そして生まれたばかりの赤ちゃんとのコミュニケーションの第一歩のひとつ。生まれてから、泣いている赤ちゃんを目の前にした切羽詰まった状態で、いざ歌ってあやそうと思っても、なかなかうまく出てこないかもしれない。そんな時にも、歌うことに慣れていれば、ストレスに感じることなく歌うことができ、赤ちゃんとのコミュニケーションの取り方も身に着けやすい。さらに歌うことで自分のストレスも解放して幸福感ホルモンが分泌され、親子ともにリラックスした安定した関係が築けるのである。こうした効果は、産後うつの予防としても役立つと考えられている。

参加者から100%の高評価を受けた「ウーム・ソング」は今後、妊婦とともに母親になりたての親子も対象に加える形で再開し、全国の妊婦や母親への情報提供を目的としたウェブサイトの立ち上げることを目指している。


取材・執筆:二子千草

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