バービカンセンターの新体制:クリエイティブ・ラーニング 第2回
Anna Rice
「バービカン/ギルドホール・クリエイティブラーニング」のコラボレーションが発足して1年が経過したその実態や理念について、ミュージック&クロスアーツ・プロデューサーとして音楽をメインに統轄するアン・ライスさんにインタビューをした。
インタビュービデオ
クリエイティブ・ラーニング:The Barbican/Guildhall School Creative Learning Department
インタビュー:Anne Rice (Music and Cross Arts Producer, Creative Learning)
※インタビューは2011年1月に行われました。
「バービカン/ギルドホール・クリエイティブ・ラーニングはまだ発足して1年強の新しい組織なので、今もよりよい形を模索中の段階です。ギルドホール音楽院はご存じのように主に音楽を教えていて、またシアターの方面でも素晴らしいスタッフと実績があります。バービカンは音楽、シアター、映画、ダンス、美術、文学といったあらゆるアートを扱ってきたので、新しい組織では両方の力をあわせて全てのアートのジャンルの、またジャンルをまたいだクロスアートの教育プログラムを実施しています。もとは'バービカン・エデュケーション''ギルドホール・コネクト'として、別々の教育プログラムを行っていたバービカンとギルドホールですが、新しい組織では、ダイレクターのショーン・グレゴリー氏のもとで、全てのチームが両方のために働いています。」
「他の組織と一緒に働くことで、その組織が持つ異なる専門性や経験から、多くのことを学ぶことができます。自分たちだけでやろうとすると、何でも一からスタートしなければなりません。他の組織が持つような高度な専門性を生かした、クオリティの高いプログラムを作るまでには、非常に多くの時間と努力、経験が必要になりますから。
また、より広い層にまで達することができます。特に地方自治体と協力することで、地元コミュニティのどこにどんな団体がどれだけあり、どのようにアプローチできるかが分かります。私たちだけでは、その実態を随時把握することはできません。
LSOやギルドホール音楽院からは、非常に素晴らしいレベルのアーティストや指導者を得られるという大きなメリットがあります。双方とも、トップレベルのオケ、音楽院であるだけでなく、20年以上に亘る豊富な教育活動、コミュニティ活動の経験を持つ方たちと一緒に仕事ができることは、素晴らしいことです。それに加えて、それぞれを各地から訪れるアーティストたちの情報を共有することで、ただ演奏やレクチャーをしてとんぼ返りしてもらうのではなく、そのアーティストに関わってもらえるプログラムを企画して有効活用することも可能です。
また、バービカンがギルドホール音楽院の学生たちに与えることのできる機会の大きさを考えるととてもわくわくします。学生たちは年間を通じて様々なプログラムに関わる中で、バービカンセンターのホールやフリーステージ、オープンスペースやギャラリー、シアターのピット、センター外の様々な会場などあらゆる異なる環境の中での演奏を経験することができます。また各地からやってくる、バービカンがコラボレートする様々なジャンルの一流のプロアーティストと一緒に、コンサート、シアター、クロスアートのイベントなどの創作に関わることができます。これらを学生の間に体験できるということは、学生にとってまさに宝です。私も今からでも学生として入りたいくらい!
学生という意味では、ギルドホール音楽院だけでなく、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートやロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを始めとする多くのアートの高等教育機関ともコラボレートしています。アーティストとしては、音楽家、ヴィジュアル・アーティスト、ファッションデザイナー、建築家、写真家、ダンサー、俳優、サウンドデザイナー、シアター技術者、映画制作者、どのジャンルとは一言ではくくれないアーティストたちともたくさんコラボレートしていますし、まだまだどんなアーティストとコラボレートできるか、常に探しています。」
「はっきりと種類が分けられるものではありませんが、音楽に関する主なものとしては、次のようなものがあります。コンサート、マスタークラス、プレコンサートトーク、セミナー、導入音楽ワークショップ、学校コンサート、学校ワークショップ、音楽家や他ジャンルのアーティストとの創作音楽ワークショップ、クラシックにロック、ジャズのアンサンブルやバンド、オケ、ドラムグループの編成、研究、フェスティバル、公開リハーサル、作曲ワークショップ、フリーステージでのパフォーマンス、学校の教師のトレーニング、教師のための資料パック、既習者のためのスキルアップ、プロ養成トレーニング、アーティスト自身を対象にしたものなど。その時の対象や場所によって、様々な形を取ります。クリエイティブ・ラーニングでは、イベントの種類ごとではなく、音楽/シアター/映画/美術とアートジャンルごとに担当が分かれているので、例えば音楽関係のものであれば、学校企画もステージパフォーマンスも、全て私の管轄になります。」
「学校が一番多くて各ジャンルあわせて年間100校くらいです。その他に病院、お年寄りや特別支援施設、刑務所、フェスティバルなど様々な場所です。内容は、ワークショップ、レクチャー、コンサート、シアター...とあらゆるスタイルがありますが、それぞれのニーズにあわせてプログラムをテーラーメイドします。私たちが特に力を入れているのは近隣の東ロンドンの地区と持続可能な関係性を作ること、そして協調して持続可能な活動をする方法を作ることを目指しています。」
「ありません。私たちは、学校に出来合いのプログラムを持って行って『これが私たちが提供できるものですから、これを受け入れてください。』と言って押しつけることはできるだけしたくないと思っています。私たちが先に決めてしまってプログラムにしてしまうよりも、対象の学校、聴衆、家族、地域が求めているものは何かを聞いてからプログラム化するようにしています。」
「そうです。学校の場合は先生と相談します。先生がその場の専門家ですから、そこの生徒にとって何が必要か、何が効果的か、一番よく分かるのです。それに対して、私たちが提供できるアーティストや内容と照らし合わせてプログラムを作っていきます。プロジェクトの長さも、1日で終わるもの、1週間集中のもの、1ターム毎週、数回シリーズから年間に亘るものまで様々です。費用も学校側の財政事情によって様々です。学校側が負担できない費用がかかる場合、そのための資金調達も必要になります。クリエイティブ・ラーニングは、シティ・オブ・ロンドンからの支援も受けていますが、その他に必要に応じて様々なトラストや基金に申請して資金を調達しています。このように、企画デザインと資金調達に時間がかかるので、どのプロジェクトも少なくとも実施までに6ヶ月は必要です。」
「大きな流れが来たのが1980年代です。その頃、アート機関はただパフォーマンスのためだけに存在することはできない、コミュニティとともに活動する必要性があると気付き始めたのです。すぐに活動を起こす機関もありましたが、多くの機関にとっては、実行に移すまでにはまだ時間がかかるものでした。今となっては、イギリス内のアート機関、施設で教育プログラムを持たない所は思い当たらないくらいですし、ほとんどの音楽院では学生にコンサートでベストのパフォーマンスをすることだけでなく、コミュニティで活動するための教育を施すようになりました。
恐らく最初の教育プログラムを推進したオーケストラが、ロンドン・シンフォニエッタで、私も以前そこでエデュケーション・マネージャーを務めていました。それを立ち上げたアーティスティック・ディレクターであったジリアン・ムーアは、学校教育(ナショナル・カリキュラム)にどのように音楽教育を導入すべきかのコンサルタントの役目も担っていました。そのような中で、ここ30年の間、アートの中でも音楽教育はリスペクトされてきたジャンルで、政府や人々の間でも、音楽が人々の生に対して与える力の大切さ、音楽が教育の基礎の一部を担うものだという認識が定着してきています。」
「個人的には、アクセスという点を最も大事に考えています。誰もがアートに参加できる、自分にもチャンスがあると感じられるようにしたいと思っています。一度でも機会があってちゃんと関わることで、その人はその後に自分で選択、判断をすることができます。一度も機会がなく、どんなものかも体験したことがないまま、音楽は私には向かない、と決めつけてしまう状況は、とても残念なことだと思います。
私たちがやろうとしていることは、決して全ての人に楽器を演奏することを勧めたり、ダンサーにしようとすることではありません。その人がその後楽器を演奏することを選ばなくても構いません。チャンスがあって、その上で選択できたのですから。それに、その人自身がダンサーやミュージシャンにならなかったからと言って、アートがその人の人生の一部になっていないわけではありません。
イギリスでは「ソフター・オブジェクティブ(softer objective)」と呼ばれますが、7歳から10歳までの子どもの成長、向上を図る際に、例えばヴァイオリンを弾くことを習った場合、演奏技能の上達以外に、それを学ぶことによって、今までに気付かなかった機会や能力の可能性に気づいたり、自尊心、自信を育んだり、人の演奏や音楽家の話に耳を傾けて刺激を受けたり、音楽でも様々な角度から成長を見てとることができるという考え方があります。
そういう意味では、子どもも大人も、プロを目指している人も音楽に全く縁がなかった人も、アーティストやアートの仕事に携わる人自身も、全ての人がその経験から学ぶものがあるのです。私はどんなプログラムを企画する時も、できる限り多くの人に、そうした様々な異なる体験の機会、アクセスがあるようにしたいと考えています。」
取材・執筆:二子千草