ロンドンレポート

LSOディスカバリー 第2回:1歳からの音楽ワークショップ

2010/07/23
日本語英語】 【第1回第2回

楽器と触れ合う幼児(c)LSO
LSOディスカバリー 第2回:1歳からの音楽ワークショップ

ロンドン交響楽団の教育活動は早くは1歳児から始まる。世界トップクラスの演奏者と聴衆を相手にすると同時に、音楽はおろか世界と出会ったばかりの幼児を相手にした音楽活動もコンスタントに行っている。まだ幼い子たちを対象に、どのようなセッションが行われているのだろうか?5歳児までの幼児期の音楽ワークショップの様子を見てみよう。

--- イベント情報---
タイトル:幼児期の音楽ワークショップ
対象:1歳~5歳児
期間:毎週月曜×10週間・年3期
時間:10:00-10:45 1歳~1歳半/11:00-11:45 1歳半~3歳/12:00-12:45 3歳~5歳
場所:LSOセント・ルークス クロアルーム
料金:£77.50(10回)
アーティスト:ヴァネッサ・キング/LSOの演奏者


ヴァネッサ・キング
幼児と親と10週間のワークショップ

LSOセント・ルークス内の小さいクロアルームに、母親や父親に抱かれた赤ちゃんたちが集まってきた。部屋に入ると、興味深くハイハイしたりよちよち歩き回ったり、親にしがみついたまま周りを見渡したりぐずったり。15から20組ほどが輪になって集まってきたところで、ワークショップを行うヴァネッサ・キングが静かにリコーダーを吹き始めた。すると赤ん坊たちは音のする方を探して見つめたり、興味深く近づいたりし出す。


ミニ木琴や卵型シェーカーなども用意

短い曲を吹き終わるとヴァネッサはそのまま「手を振ってこんにちは」と歌い出し、親は膝上の子どもの手を取ってひらひらと振り参加する。歌は続き、膝をたたいたり、床をたたいたり、手を大きくたたいたり小さくたたいたり。今度は同じ歌のメロディに乗せて「こんにちは○○ちゃん」と言いながら手元の人形の顔を向けて一人一人にあいさつすると、名前を呼ばれた子どもは「ハロー」と答える。

ヴァネッサは10週間を通じてワークショップを担当する。ロンドン交響楽団の幼児のワークショップやコンサートのプレゼンターを務めるほか、保育園や病院、児童センターなどでの音楽や人形を使ったワークショップを15年程しており、同時にフレンチホルン奏者として演奏活動をしたり、ピアノを教えたりと幅広く活動している。前半5週間はヴァネッサが、後半の5週間はロンドン交響楽団の演奏者がゲストとして加わる構成になっている。

幼児に語りかけるのは全て歌で

「今度はハチがどこにとまった!?」

ヴァネッサのワークショップは、非常になめらかに、全てが音楽的に進んでいく。「はい、みんな集まって、始めますよ!」のような掛け声や「次は○○をやりましょう」のような説明的な言葉はほとんどない。しかし注意や様子が様々だった子どもたちが、いつの間にか静かにヴァネッサに注目して、歌に耳を傾けたり真似して身体を動かしたりしている。「子どもたちは、声や騒音で騒がしい屋外からやってくるので、ここでは声を上げて呼び集めるより、静かにリコーダーを吹いて子どもたちの耳をそこに注目させ、心を準備させる方が効果的なのです。」とヴァネッサは語る。

そうして始めた後も、ヴァネッサはほとんどのアクティビティと、その間も全て、語りかけるような歌でスムーズにつないでいく。それらはただ次々と羅列されるのではなく、それぞれうまくつなげられている。膝をたたくアクティビティをしたら、たたくリズムにあわせて次の歌を歌う。「ある日動物園に行ったよ。何に出会った?」と歌いながら動物の絵本を取り出す、というように。絵を見て子どもたちが「オウム!」と答え、鳴き声の真似をすると、ヴァネッサはその鳴き声を歌に取り入れる。


たくさんの人形も音楽づくりに一役買う

今度は部屋に隠してあったテディベアを見つけさせ、テディベアの歌を一緒に歌う。「テディを見てごらん、回れるよ。」と歌うと子どももくるくると回る。「高くジャンプできるよ!」とテディベアを放り上げると親は子どもに'高い高い'をする。「お話を語りながらアクティビティをすることで、次々と関連のないことをやっては終わるのではなく、一つ一つの歌や動きの間につながりを感じたり、想像力をかきたてて自分とのつながりを感じたりすることができます。」とヴァネッサは話す。これらの歌は、15年間の経験のうちに集めたり、わらべ歌を替え歌したり、自分で作ったりしたものだ。

「お話や歌にすることで家に帰っても覚えていられます。親が一緒に参加するという点はとても大事です。この時期の子どもたちには、親とのスキンシップ、コミュニケーションが大切なので、親が子どもを抱いたり傍にいて一緒にアクティビティをすることで、親子の関係づくりができます。親子が同じ経験をして歌やアクティビティを覚えると、家でも続けられます。ここで楽しむだけでなく、家庭での生活に習慣として取り入れてもらうことも私の狙いの一つなのです。」とヴァネッサ。


楽器に興味津津の子ども (c)LSO

LSOディスカバリーのプログラム担当のベッカ・リントンはこう語る。「このセッションのよさの一つは毎週参加できることです。単発のプログラムだと、1回でたくさん投げかけ、詰め込んで終わってしまいますが、ここでは毎週少しずつ積み重ねていくことができます。基本的に同じ枠組みを使って少しずつ応用させたりと。家で親と一緒に覚えた歌を歌っていると聞きますし、回を重ねるごとに子どもたちの関わり方も深くなっていきます。」

確かに数回目に再び同じセッションを訪れてみると、明らかに子どもたちの姿勢がより積極的になっている。初回にはヴァネッサの歌にのせて動きを真似するのが主だったのが、最初から一緒に歌ったり、お話もヴァネッサが全て話すのではなく子どもも一緒になって話すようになる。雪だるまを作る歌では、「次は何をつける?」とヴァネッサが聞くと、「ボタン!」としっかり覚えていて、ボタンの入った歌詞を歌うというように。

あらゆる発達エリアをカバーするアクティビティ

このワークショップでは、音楽を使って子どもの発達を助ける要素が他にもたくさん盛り込まれている。例えば身体の発達。1歳から5歳までの幼児は、ようやく歩きだせるようになってから、ジャンプしたり走ったりスキップしたり、タイミングにあわせて手を打ち、放ったものをキャッチできるようになる。ヴァネッサは3つの年齢グループごとに音楽にあわせた身体の動きを巧みに変える。1歳から1歳半のクラスでは、その場で足踏みしたり膝をたたいたり、親と手をつないで部屋の中を歩いたり。真ん中のクラスでは膝を曲げたり片足で立ったり走ったり。5歳までのクラスになると、木琴やピアノのテンポにあわせて走ったりスキップしたり、音楽が止んだら止まったりできるようになる。


カラフルな楽器がいっぱい!

動物の顔のカスタネット

ミニドラムもたくさん用意

言語の発達も促される。小さいマラカスを歌にあわせて振りながら、頭と言うとマラカスを頭につけるというように、鼻、指先、つま先...と身体の部分をゲームのように覚えたり、「十人のインディアン」の曲にあわせて人形の数を数えたりと歌詞に色々な言葉や数を組み込む。「歌では、普通にしゃべるよりもゆっくりと言葉を発します。それを繰り返すことで子どもたちは早く言葉を覚え、話す能力を身につけるのです。」とヴァネッサ。

ワークショップの後半、ヴァネッサは輪の真ん中におもちゃ箱をひっくり返した。中からはカラフルなマラカスや卵型のシェーカー、ミニ木琴、動物の顔のカスタネット、ミニ太鼓、ギロなどたくさんの打楽器がこぼれ落ちる。小さい年齢の子どもたちは一目散に楽器の山に寄って手に取り、音を鳴らしだす。大きい年齢のグループの子たちは、目を光らせて見つめるもののすぐには駆けよらない。「緑の服を着ている子、最初に選んでいいよ」と言われると、他の子はちゃんと待っている。この年齢の子たちは他の子とおもちゃを共有したり順番を待ったり、片づけを手伝ったりすることを学び始めているのだ。

ヴァネッサは5分程音楽をかけ、子どもたちに自由に楽器と遊ばせる。音楽が止んだらみんなも音を止め、また音楽が鳴ると続けるということだけをルールに、後は好きな楽器をたたいたり振ったり音楽にのって踊ったり、自分の好きなように音楽を楽しんでいい。ヴァネッサは言う。「フリープレイの時間は一見無秩序のように見えますがとても重要なのです。自由に楽器を手に取り好きなように鳴らしてみることで、何がどんな音を出すのかを自ら発見し、どうやったら自分が好きな音が出せるのかを探り、自分なりの音楽を作っているのです。それが子どもの創造性や好奇心、自己満足や自信を育てるスタートなのです。」

生演奏と録音音源、両方にメリットがある

LSOのヴァイオリニスト、マシュー・ガードナー

好きなだけ楽器で遊んだ後は、今度は静かな音楽をかけ、親子で一緒に床に寝転がって静かに聴く。「子どもたちを興奮させるのは実は簡単。静かに落ち着かせることの方がずっと難しいのです。ですから音楽を使って落ち着かせることも教えます。帰りに子どもたちが興奮したままだと親は大変ですしね。」とヴァネッサ。前半5回のセッションでは録音の音源もよく使う。ヴァネッサはその時の子どもの様子を見て、どういう曲をかけるか注意深く選ぶ。ヴァネッサは言う。「生の音楽がいいのはもちろん。でも生演奏しかだめというのではありません。実際の生活では生演奏は毎日聴けませんから。録音の音源を使ってデモンストレーションすることで、親は音源の使い方を知り、家でも実践しやすくなるのです。」

後半5回のセッションにはロンドン交響楽団の演奏者も参加する。子どもたちは生の音楽と一緒に歌ったり行進したり踊ったり寝そべったりという極上の体験をする。ヴァイオリンの弦を隠して弾いて弦の数をあてたり、楽器が鳴る様子を目の前で見たり、楽器に身近に触れることができる。「なるべく毎回違う楽器群から参加してもらうようにしています。目の前で演奏され肌で音楽を感じると、子どもの吸いつき方、姿勢が明らかに違います。またこれは育児の間ゆっくりと、ましてや生の音楽を聴く時間はなかなか取れない親のためでもあります。今回はヴァイオリン、フルート、バスーンと何か吹奏楽器が来ます。忙しいので誰が来られるのか直前まで分かりませんが、ロンドン交響楽団の方たちは色々なアウトリーチの経験が豊富なので、当日の簡単な打ち合わせやその場での指示、もしくはその場の様子を読み取って自ら即興で入ってくれるので、とてもやりやすいです。演奏力だけでなくこうした能力の高い方たちと一緒にできるのは特権ですね。」とヴァネッサ。

幼児が1つのことに興味を持ち集中していられる時間は短い。また幼児がその時期に発達させるエリアは非常に多岐に亘る。従って45分のセッションの間には、子どもたちのテンションを上げたり下げたり、身体を動かしたり座ったり、自分で音を出したり聴いたりと、非常に多くの種類のアクティビティがダイナミックに構成されている。ロンドン交響楽団の一流の演奏者が来たとしても、作品をまるまる聴くことはない。演奏者に求められるのは、その場のアクティビティに適した音楽をピンポイントで、かつ音楽的に満足させる形で提供する能力なのだ。


弦はいくつだったかな?

*1日のワークショップの例(1歳~1歳半クラス)

10:00 輪になって集まる:ヴァネッサがリコーダーを吹く
10:03 こんにちは:1人1人と歌ってあいさつ
10:05 絵本:動物の鳴き声の歌
10:08 テディベアの歌:テディと一緒に歌い、動作を真似する
10:10 「ロンドン橋落ちた」の替え歌で足踏み、手拍子
10:15 木琴にあわせて部屋の中を行進
10:18 「雪だるまを作ろう」の歌:言葉と振付を連動
10:23 マラカスを振る:身体の部分を覚える
10:27 星型の鈴で「きらきら星」を歌う
10:30 おもちゃ箱:楽器のフリープレイ
10:35 片づけ
10:38 動物の物語を歌う
10:40 ストレッチ、音楽をかけて床に寝る
10:43 さようなら:1人1人と歌ってあいさつ

(取材・執筆 二子千草)


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