家族で2倍楽しむBBCプロムス 第2回 ~マルチプル・ピアノ・デー
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〈ファミリー・ミュージック・イントロ〉
日時:2009年8月9日(日)13:15~14:00
会場:英国王立音楽大学アマリリス・フレミング・コンサートホール
演奏:Pianocircus(ピアノサーカス)
〈メインコンサート(プロムス32)〉(第1公演)
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プロムス32ラベック姉妹
会場:ロイヤル・アルバート・ホール
※当日のプログラムのページ(第1、第2公演)
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子ども向けに作られたイラスト入りプロムス、オーケストラのガイド
8月9日のプロムスは「マルチプル・ピアノ・デー」と名付けられ、ピアノ、特に複数のピアノのために捧げられた。午後の第1公演ではモーツァルトの2台ピアノのコンチェルトや動物の謝肉祭のような2台ピアノとオーケストラやルトスワフスキの2台ピアノだけによる作品など、2台ピアノの作品が並んだ。夜の第2公演では、バルトークやストラヴィンスキー、ジョン・アダムズなどの20世紀の作曲家によって書かれた2台、さらには4台ピアノの作品が演奏された。
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プロムス・プラスの会場、
英国王立音楽大学
この日のプロムス・プラスは2回、それぞれの公演の前に英国王立音楽大学のホールで行われた。特に第1回公演の前のイベントは、馴染みやすい楽器・曲目ということから「ファミリー・ミュージック・イントロ」として子供向けに組まれた。もちろんテーマは「マルチプル・ピアノ」。ガイドと演奏を担当するのは、1989年結成の「ピアノサーカス」というピアニスト6人組。これまで10のアルバム、作・編曲を含めて100作品ほどを世に出してきた。
開演間際の会場は1階も2階も満席状態。ステージ上には2台のグランドピアノと打楽器、そしてステージのすぐ下には何と6台のキーボードが円を描いて置かれていた。既にピアノサーカスの6人が6台のキーボードに向かってリハーサルする様子に惹きつけられ、幼稚園から中学生くらいの子供たちが100人以上前の方へ集まっていた。全体では約380人の満員の観客が参加し、その約半数の180人ほどが子どもだった。
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ピアノ・サーカスと会場の様子
「今日のプロムスは何の楽器のためのコンサートか知ってる?」とピアノサーカスの1人が口を開くと、待ってましたとばかりに「ピアノ~~!」と叫ぶ。「この中でピアノを弾いたことがある人!?」と尋ねるとほとんどの子どもが手を挙げた。明らかに今日はピアノに興味のある子が集まってきているのだ。ピアノについての質問にも我先にと答えている。
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さて、ここからはメンバーが1人ずつ交代に話をしながら今日のプロムスのプログラムを少しずつ紹介していく。最初はフランスの作曲家フォーレ。「フォーレはピアニストでもあったのだけど、後から出てくるサン=サーンスの弟子だったんだ。このフォーレがある女の人に恋をした。その人の子供の愛称が'ドリー'で、その子のために作った曲なんだよ。ちょっと聴いてみてね。」他の2人のメンバーが舞台のグランドピアノに並んで座って第1曲の「子守歌」を静かに弾き始める。
数小節たったところで「こうやって2人で並んで弾いていると狭いでしょう、おやおや、この2人も大変なようだよ...?」と言うと、連弾の2人はお互いに押し合い、手の場所やペダルを取りあう。「ピアノの連弾のリハーサルって大変なの、わかるだろう?」と笑いを誘う。「今日はこのピアノ連弾曲を、オーケストラでやるんだ。どんな感じかな?」と、今日のオケ、ブリテン・シンフォニアから応援にかけつけたフルートとクラリネットの奏者が同じ部分を演奏し、聴きくらべ。
「ピアノは1人で弾くだけじゃなくて、さっきのように2人で連弾したり、フルートなどとアンサンブルをする時もあれば、オーケストラとも一緒にやる。あんなに大勢のオーケストラだから、ピアニストはがんばらなくちゃいけないんだよね?」と言うと、舞台上で1人ピアニストが力こぶを作って待っている。「赤コーナー、ピアニスト!対するは青コーナー、オーケストラ!」とコールすると、舞台下の5台のキーボードではオケの音を担当する5人のピアニストが負けまいと腕をまくる。1台のピアノ対5台キーボードオケで、グリーグのピアノコンチェルトの一部を演奏。その迫力に会場は喝采。「どうやらピアノが勝ったらしいね...」と次の司会へとマイクを渡す。
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「今度は2台のピアノの演奏に行こう。このモーツァルトの2台のピアノのためのコンチェルトは、モーツァルトがお姉さんのナンネルと一緒に弾くために作ったって言われているんだよ。」と紹介すると、2台のグランドピアノにキーボード2台によるオーケストラで、短い抜粋を披露した。今日のコンサートでは、ルトスワフスキによる2台ピアノ曲もプログラムに入っている。「これは、こんなヴァイオリンの曲がもとになっているんだ。」と、1人がヴァイオリンに持ちかえ、パガニーニの主題を披露。「この曲にインスパイアされて、リストやラフマニノフ、最近ではロイド・ウェーバーまでもが曲を書いているんだよ。」と続けた。
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最後は『動物の謝肉祭』。「サン=サーンスは86歳まで生きて、シンフォニーやコンチェルト、オペラなど大作をたくさん書いたのだけど、ある時、仲間うちで楽しむだけのために、ジョークのつもりで書いたのがこの『動物の謝肉祭』だったんだ。でも、サン=サーンスはごく親しい友達の他に誰にも見せたがらなかったんだって。どんな曲か聴いてみる?」
「14の短い曲それぞれに、テーマとなっている生き物がいるんだ。まず動物園と言えばライオン。」マーチの部分をピアノで弾き出すと、勇ましく手拍子を始める子も。低いユニゾンで上下する所で「今ライオンが何してた所だと思う?」と聞くと「ウォーって吠えてた。」「どう?あんなイメージ?」と聞くと「もっと怒った吠え方がいい!」とリクエスト。ピアニストはさらなる迫力でライオンを真似る。
次は雄鶏と雌鶏。ドドドドドドドドソー!と鋭い連打がピアノとヴァイオリンとかけあう。「何をしている所だと思う?」と聞くと、「鳴き声」「つっついてる音」という答え。聴衆も2つに分かれて声でかけあいを真似してみる。次の野生ロバはとっても力強く素早い。2台のピアノで素早いスケールを上ったり下がったり。みんなに「十分に速かった?」と聞くと「もっと!!」と言われ、さらに速いスピードに挑戦。
そこへ突然他のメンバーが肩を組んでフレンチカンカンで登場したかと思うと、カメのようにスローダウン。そう、4曲目のカメである。今度は「森の中から何かが聞こえてくるかも...?」と言って演奏を始めると、どこかから「カッコウ~」。おやっ?ときょろきょろするけれど見当たらない。再び「カッコウ~」と聞こえて振り返ると、2階のバルコニーの柱の影からクラリネット奏者が顔を出すのを発見。「次はピアニストの曲だから、ちょっとウォームアップさせて。」と、6人がキーボードに座り「ハ長調!せーの。ドレドレミファミファ...」と大きな音でピアノの練習。わざとずれた下手な音階練習に会場は吹き出す。コンサートの最後は「ピアノだけ6台でもこんな風に弾けるよ!」と、自分たちの6台ピアノのためのオリジナル曲で締めくくった。
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プロムス33の4台ピアノ本番
メインコンサートの曲の紹介とピアノという楽器をテーマにしたイントロコンサートだったが、これだけのものをたった45分の間で成し遂げた。驚いたことに、それぞれの曲を演奏したのはほんの数十秒ずつに過ぎない。だが短いだけにそのテーマとお話とがコンパクトに記憶に結びつき、コンサートで聴いても「あ、あの話に出てきたメロディだ。」「今度はどのくらいの速さでやるかな?」「さっきのフルートの人だ。」「カッコウが今度はどこから現れるかな?」などとすぐに思い出しやすく、注目しやすいのだ。この絶妙なバランスと、くるくると変わる音楽とお話のテンポに、子どもも大人も飽きずに最後まで満席のまま拍手喝采となった。
イベントが終わると、ほとんどの人はそのまま目の前のロイヤル・アルバート・ホールへ直行。ピアノを始めたばかりという6歳くらいの女の子を連れた母親は、「実はロンドンからちょっと遠い所から来ているの。子どもは小さいし夜のコンサートまでは出られないけれど、このイベントだけでも十分に楽しめたわ。むしろ、これが子どもたちにとってのプロムスね。」と満足して去っていった。その後の第1回コンサートには全部で5000人の聴衆が集った。
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イベントが終わってコンサートへ向かう親子
今年も盛況だったプロムス・プラス。せっかくイギリスにプロムスを聴きに来られるのであれば、ぜひその日のプロムス・プラスもチェックして、プラスαの楽しみと雰囲気を十分に感じてほしい。さらにイギリスでなくてもプロムスを楽しむ方法はある。近年は選ばれたコンサートやイベントの音源がその後7日間インターネット上で公開されている。来年はどんな演奏者とプログラムになり、またそれを何倍も楽しむどんなユニークな方法、テーマが考え出されるのか?今から楽しみだ。
※引き続き公開中
・マエストロ・キャム。オーケストラの団員の目線で指揮者が見られる
・プロムス・プラスのトークのビデオ抜粋
・ファミリー・オーケストラの記録
取材・執筆 二子千草