2015ショパンコンクールレポート

ショパン国際コンクール(34)自分で答えを探すためにー演奏の創造へ.3

2015/11/08
今は、答えが見えない時代と言われます。そんな中でも、自分なりの方法論と答えを探り当てられた人がステージで輝きを放っていました。答えを見つけるには、教わった知識や価値観だけではなく、自らの想像力や探究力も必要です。

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では想像力を膨らませながら、自分の視点を創っていくにはどうしたらいいのでしょうか。たとえば赤ちゃんが生まれた瞬間、全身の細胞と耳を最大に開いて新しいものを取り込もうとするのと同じで、新しい環境に入れば、心身ともに開かれます。また、いつも見慣れている景色でも、違う角度から見るとまったく違うものが見えてきます。新しいものを取り込むプロセスを続けていくと、いつしか自分の感性や世界観は広がっていきます。ショパンがマヨルカ島で書いた前奏曲のように。もちろん全てが明快で美しいわけではなく、不可思議さや理不尽さもあるかもしれません。それは作曲家たちが生きていた世界でもあり、彼らはそれらを時に受け入れ、時に拒否しながら、自分の芸術を築き上げてきました。

想像力とは、そこに思いを馳せることでもあります。すると少しずつ、音符の裏にある思いが見えてくるのではないでしょうか。そして、自分の内面と結びつけていくことで、自分の視点ができてきます。

そこで今回は、ショパンコンクールだけに限らず、これまで取材したアーティストインタビュー抜粋をご紹介しながら、自分の視点を見つけるプロセスを考えたいと思います。以下、5つの"S"に分類してみました。

1.Step Back(ステップバック) :「今」の視点から、一歩離れてみる
2.Stretch(ストレッチ) :視野を縦横にぐっと広げてみる
3.Search(サーチ) :感性でとらえたものを、調べて検証する
4.Select(セレクト):自分で選び取る 
5.Spark!(スパーク):自ら探し、発見する喜びを幼少期から!


1)Step Back!「今の視点」から、一歩離れてみる

音楽全体を見て構想を考えるには、一歩二歩引いて、視野を広げることが大事です。5歩引けば作曲家全体が、10歩引けば音楽史の流れも見えてくるでしょう。ときには考えることを手放し、深呼吸するだけでもいいのです。自分の心や身体にどんな音楽が流れこんでくるでしょうか?


●一歩後ろに下がり、心をオープンにーヤン・イラチェク・フォン・アルニム先生

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"一歩後ろに下がって、心をオープンにし、音楽が自然に流れ込んでくるようにすること。瞑想のような静けさの中で、深く呼吸し、音楽を感じること。音楽があなたに奏でさせるようにして頂きたいと思います。「音質や色彩を変えながら同じ和音を15回弾いてみる」という練習法もあります。"(2015年福田靖子賞選考会にて) (写真:The Well Report)

●鍵盤を離れ、散歩しながら音楽を考えるーフェデリコ・コッリさん(イタリア)

"我々はピアノを弾くだけが仕事ではないと思います。もう一つの仕事は、歩くこと。森や浜辺を歩いたり、湖のほとりを散歩しながら、音楽を考えることです。音楽は、指と心と頭にあります。音楽を心から生み出すためには、頭で考えなくてはなりません。たとえばピアノを2時間練習してから散歩に出ます。そこで考えるのです。たとえばショパンのソナタ第2番のあそこのハーモニー、なぜ彼はそう書いたのか、なぜ違う音や違うハーモニーではなかったのか。そして自分の眼の前で"音楽の絵"を描いてみるのです。"(2011モーツァルト国際コンクール2012リーズ国際コンクール優勝

●ピアノから離れなさいーパスカル・ロジェ先生

"17歳から20歳まで師事していたカッチェン先生は、こうアドバイスしてくれました。「ピアノから離れなさい。ものを考えたり、本を読んだり、美術館で絵画を見たり、芸術、文学、哲学・・・色々なものを受け入れて視野を広げることも大事ですよ。1日10時間もピアノの前で練習していたら、他のものに対する好奇心を失ってしまう。音楽はピアノの前で考えるだけでなく、人生を知ることでもあり、他人の心情に思いをはせることでもあるのだから」。"(2012年香港国際コンクールにて)

●音楽以外の世界を知ることも大事ージョン・ナカマツ氏

"スタンフォード大には世界中からトップ層の学生が集まっていましたが、彼らは能力やモチベーションが高い上、常に自分を高めようという意志が強いですね。様々な分野で能力を生かしています。友人の一人はヴァイオリンが非常に上手いのですが、卒業後は医者になりました。スタンフォードで知り合った私の妻は、化学の教師です。私自身は、自分の人生に音楽があることを誇りに持っていますが、それ以外の世界を持つことも大事だと思っています。世の中は実に多様ですから。"(2012年アロハ国際ピアノフェスティバルにて)



2)Stretch!視野をぐっと広げる

●宇宙の広さほどの解釈があるーゲオルギス・オソキンスさん(ラトヴィア)

"ショパンの音楽は、何度弾いても毎回新しい発見があります。ショパンの言語はとても複雑かつユニークで、ピアノを弾かずに楽譜を見るだけでも、多くの気づきがあります。ショパンには、ただ一つの演奏や解釈はありません。10通り、20通りでもなく、宇宙の広さほどあります。「ベストなショパン演奏」はなく、それぞれ「異なるショパン演奏」がある。一次予選、二次予選・・ではなく、すべてリサイタルだと考えて、プログラムのコンセプトを組みました。"(2015年ショパン国際コンクール・ファイナリスト)

●見えないものを見る、逆から見るーシャルル・リシャール・アムランさん(カナダ)

"楽譜のアプローチとしては、ショパンのピアノ協奏曲などリリカルな性格が強い曲はリズム的要素を見て、ショパンのソナタ第3番終楽章などリズムの性格が強い曲はリリカルな面を見るようにしています。本来の性質とは逆の要素も見ることによって、明らさまには表現されていない要素も読み解くのです。そうして逆方向からも見ることで、楽曲の完全な姿を捉えることができます。"(2015年ショパン国際コンクール2位)

●いっとき、がむしゃらに、ひたむきに学ぶーフェデリコ・コッリさん

"モーツァルトコンクール出場が決まってからの数か月間は、朝起きてはモーツァルトを聴き、モーツァルトを弾き・・という毎日でした。(中略)ありがとうモーツァルト!と言いたい心境です。『魔笛』『ドン・ジョバンニ』『フィガロの結婚』などオペラの台本も原語で読みました。モーツァルトは何と言ってもオペラ作曲家でしたから。彼のピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲など器楽作品を演奏するとき、オペラの中でアリアがどのように歌われ、演じられていたのかを考えることが大事です。例えばタミーノが歌っているときパパゲーノはどう語るのか、ドン・ジョバンニはどう歌うのか・・。"(2012年モーツァルト国際コンクールにて)


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●思いがけない視点を提案されて―奈良井巳城先生

"・・ナウモフ先生に聴いて頂いたら、先生が横で変な音を弾いているんです。そして「今楽譜に丸をつけたからその音を繋いで来なさい」と。先生が書き込んだ譜面を見ると、今まで見たことのないような位置(の音符)を繋いでいたのです。メロディラインから下の和音の中の音へ、そこからまた思いがけない位置へ・・・でもそれを歌いこんでみるとすごく美しいんですよ!「こうやって楽譜を読み込むのか!!」と目から鱗でした。(中略)「音楽はこんなに自由だったのか!」と大きな気づきがありました。それも決していい加減ではなく、しっかりとした理論に基づいた自由さなのです"(2015年チャイコフスキー国際コンクール関連取材にて)


●原則を尊重して、初めて自由が成り立つーロバート・マクドナルド先生

"いつも彼ら(リーズ入賞者2名)に、「もし楽譜や作曲家に対して真に敬意と信念をもって対しているのであれば、それは多くの人に通じる。全ての物事には原理原則があり、「自由」とは、その原則を正しく尊重して初めて成り立つものだ」と伝えています。レッスンでは、彼らの演奏や発言に対してこちらもなるべく率直に反応し、本人の知性・感情・創造力を全て統合できると思われる方向に導くようにしています。"(2012年リーズ国際コンクールにて)


●歴史を理解して、そこから普遍的なものを感じ取ってー海老彰子先生

"今現在活躍している音楽家たちに加えて、昔からの伝統あるものを聴いてもその良さを分かる感覚を育ててもらいたいですね。テンポが速いのも、若い時は元気なので素晴らしいエネルギーを発揮していらして良いと思いますが、歴史を理解した上で判断して、最も普遍的なバランスの良いところを取ってほしいと思います。"*(2015年ショパン国際コンクールにて)


●時にラディカルでもいいのでは?―ジョン・リンク先生

"ショパンの音楽には限界がなく、ショパン自身も「解釈には制限がない」ということを度々言っています。ショパンの音楽は2世紀の間に進化し続け、これからも進化を続けていってほしい。ですから音楽として成り立つ範囲で、想像力を鍛えることをお勧めしたいと思います。ですから、深い感覚で捉えること、想像力を働かせることともに、自分が良いと考えたことをどんどん実践してみて下さい。急進的過ぎる、過激だと他人に思われることもあるでしょう。それも良いのではないでしょうか。リスクが取れるようになれば、もっと色々経験しようと思うようになり、批判があっても自分自身を信頼できるようになります。"(2015年ショパン国際コンクールにて)



菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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