ショパン国際コンクール(28)伝統と、新しい伝統とー主宰シュクレネル氏
2015/10/23
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第17回ショパン国際コンクールのディレクターとして連日忙しく立ちまわっておられたアルトゥール・シュクレネル氏(NIFC国立ショパン研究所所長)。審査結果はすべて氏より発表されたので、ライブ映像でお見かけした方も多いでしょう。結果発表後、今回の審査結果についてお伺いしました。
―まずは第17回ショパンコンクールのご成功、おめでとうございます。優勝されたチョ・ソンジンさんについて、どのようにお聴きになっていらっしゃいましたか。ご感想をお願いします。
1位チョ・ソンジンさんは極めて才能豊かでアーティスティックなパーソナリティでした。一次予選から完璧な技術とショパンの作品解釈ともに優れ、フレージングの発展のさせ方も見事でした。大作をコントロールする力も素晴らしく、二次予選で弾いたソナタ第2番Op.35は、古典的なソナタ形式を逸脱した作品なので表現が難しいのですが、きちんと理解していることが分かりました。さらに驚かされたのは三次予選のプレリュードOp.28で、24曲の曲間を繋げたり離したりしながら、一つの統合されたテーマの音楽として表現したことです。これは彼の成熟度の高さを示しました。音楽の本質を伝えていたこと、曲の構造を捉えていたこと、ディテールまで解釈が行き届いていたこと、それが一次予選から最後まで一貫していました。ですから、私は審査員の判断を支持しています。
―まさにその通りですね、一貫して高度な素晴らしい演奏だったと思います。チョ・ソンジンさんからまた新しい伝統が生まれると思われますか?
ショパン作品に対する様式の解釈に関して、新しい伝統となりうるという点では、3位のケイト・リュウさんでしょう。彼女は勇気があり、すべてのカンティレーナ、緩徐部分を瞑想のように演奏しました。決してクラシカルな方法ではなく、変わってはいますが、審査員はこのような解釈をオープンに受け入れました。音色も美しく、フレーズもクラシカルでないとはいえ自然で、音楽美学の観点からも最高水準です。さらに注目すべきは、それが説得力を伴っていたということ。彼女の演奏は人を惹きつけ、聴衆をコントロールする力があり、ある審査員は「危険だ」と冗談で言うほどでした。チョ・ソンジンさんの楽曲構造への理解や解釈は、伝統に則っていますので理解と支持を得られやすいです。
―ケイトさんの演奏は非常に息が長く、瞑想のようで新鮮でした。次は研究者・音楽学者の立場としてお答え頂きたいのですが、今は自筆譜や古楽器での録音など、様々なリソースがオンラインで閲覧できるようになっています。それらは今後どのように作品解釈を深めてくれると思いますか?
学びに必要なあらゆる資料や素材にアクセスできることはとても大事で、それが作品や時代背景、作曲家の人物像などを伝えてくれます。こうした情報によって音の枠組みができ、その中で、演奏家一人一人が解釈を深めることができます。またその隙間を埋めるためのガイドラインも必要です。自筆譜は作曲家について様々な情報を与えてくれますし、当時の楽器に触れれば現代楽器とどう違うのか知ることができます。こうした情報が、説得力ある解釈を生み出すのに役立つでしょう。
―国立ショパン研究所(NIFC)での新しいプロジェクトがあれば教えて下さい。
コンクールの全歴史をデジタル化することです。2016年3月、ショパンの誕生日にはアクセスできるようにする予定です。全てのデータベースを整備し、コンクールの演奏音源を公開します。またショパンの演奏や奏法がどう変化したのかを紐解きます。さらに来夏のショパン音楽祭に向けての準備や、今回のフィードバックを頂きながら、次回2020年度コンクールに向けて今から準備を始めます。
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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