ショパン国際コンクール(19)ピアニスト・高橋多佳子さんインタビュー
2015/10/18
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1990年ショパンコンクールで第5位入賞を果たし、現在ピアニストとして多彩にご活躍中の高橋多佳子さん。一次予選(最終日)と二次予選を見学された印象、ご自身のショパンコンクール経験、また日本の若手ピアニストへのメッセージをお伺いしました。
―まずは今回のショパンコンクールをお聴きになったご感想をお願いします。どなたの演奏が特に印象に残っていますか?
一次予選最終日から二次予選まで聴かせて頂きました。今までも色々なショパンを知っていたのですが、こんなにも新たなショパンをまた聴くことになるとはと、毎日が驚きの連続で、新鮮で感激しています。
初日から次から次へと驚くようなショパンが出てくるので、印象的な演奏を挙げれば切りがないのですが、今のところ大好きなのは、人を幸せにしてくれるピアノを弾くシャルル・リシャール・アムランさん。音も素晴らしいし、パッセージもソコロフを彷彿とさせるぐらい見事です。特にロンド作品16は笑顔で聴いてしまいました。ジュリアンさんは内に秘めたテンペラメントと推進力、なぜそんな強さを内に秘めているのかと興奮させられました。エリック・ルーさんは17歳というのが信じられないほど成熟した音楽性を持ち、ノクターンOp.62-1などは達観した演奏で、そんなことがこの年齢でできるんだろうかと本当に驚きました。アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズでの指裁きの見事さや推進力など、聴衆を惹きつけて離さない魅力もあり、これからさらに成長しそうですね。ゲオルギス・オソキンスさんは音の魔術師のような演奏でした。本当のショパンの良さかは分かりませんが、今まで聴かないような音があちらこちらで鳴り、それが美しい絹であったり、水の波紋のようであったり、何百通りのショパンを弾けそうな凄い才能だと思いました。ディミトリ―・シシキンさんはかりっとした硬質な音で、持っている能力の高さも凄い。ロシアの底力を見ました。そんな彼がノクターンOp.9-2をたっぷり弾くというのも面白くて、選曲も凝っていますね。彼はアムランさんと同じヤマハを弾かれましたけど、二人とも全く違う音ですがどちらも美しかったです。あと、カナダのイーケ・トニー・ヤンさん、彼もまだ16歳ですが、非常にロジカルだし音も美しいし燃焼度も高い。即興曲の2番、夜空の流星群のようなパッセージの美しさに思わず涙が出てしまいました。 そして日本の小林愛実さん、彼女の前奏曲作品45が印象的です。転調の美しさを見事に表現していて、本物の"アーティスト"になったのだなあと思いました。(この他にもアレクセイ・タラセヴィッチ・二コラ―エフ、ガリーナ・チャスティアコーヴァ、チョ・ソンジン、ディナーラ・クリントンの名が挙げられました)
外国人ピアニストは音一つとっても、ものすごく強いメッセージがありますね。日本の皆さんももちろん健闘されていましたが、音一つに込めるメッセージ性や、この世界でやっていくんだという強い意思、そして大人になることがもっと必要かなと思いました。
自分もコンクール出場当時は、ただ一生懸命で無我夢中だったのですが。
―高橋さんご自身のショパンコンクールでのご体験を教えて頂けますか?どのように準備されたのか、またその過程でどのように自立されたのでしょうか。
私はポーランドに留学していたので、ショパンコンクールはホームグランドのようであり、家から通える距離にありました。そういう面は恵まれていたと思います。その前に国際コンクールを3回受けて、色々学ぶことがありました。
1年半前に初めて受けた東独の国際コンクールは、旧共産圏からの参加者が多くて、今まで日本では聴いたことのなかった物凄いピアニズムを次から次へと聞き、「これは場違いのところに来てしまったかも」と思いました。一人で夜行列車に乗って行ったのですが、一人でレストランに入って注文しなければいけないとか、練習室の順番が回って来たら粘られてもちゃんと譲ってもらうとか、色々な意味で「もっと強くならなくては」と学びました。
次に受けたポルト市国際コンクール(ポルトガル)では2位に入賞しました。ポルトは共産圏にいた身からすると天国のような場所で、コンクールで緊張してはいましたが心地よく過ごせました。またショパンコンクールの半年前にゲッティンゲン・ショパン国際コンクールに参加したのですが、その時にマルガリータ・シェフチェンコさん(1990年ショパン国際コンクール4位)の演奏を聴いて、あまりの素晴らしさに驚くほど感激し、またこういうショパンと渡り合っていかねければならないんだと思ったのが大きかったですね。シェフチェンコさんはタッチの魔術師で、今まで知っていたショパン演奏とは音楽的なセンスが違い、全てのシーンが素敵な瞬間の連続でした。この演奏を聴いていなければ、残り半年の準備の仕方は違っていたかもしれません。
同じ演奏を聴いて何かを感じるか、何も感じないかは、受けとめる側のアンテナがしっかり立っているかどうかですね。アンテナを立たせるためにも、たくさんの演奏を聴いて、自分で感じ取ることがとても大事だと思います。
―その感性の豊かさが、楽譜を読み取る力にもなりますね。
外国人ピアニストは立体的な音楽作りですよね。一方では淡い音を出しながら、一方ではかりっとした音を出すとか、音そのもので演出しています。原作と脚本がショパンだとしたら、主演男優・女優、監督、演出、効果、あらゆることをピアニスト一人でやってのけていますよね。
―まさにその通りですね!5年後に向けてのアドバイスを一言お願いします。
まずはショパンを愛すること。たくさんの演奏を聴くこと。そして大人になること。ショパンの気持ちを理解するためには、独立した一人の人間として成熟している必要があります。また歴史や社会情勢を知っておくこと。例えば今シリアの人々は今まで平和に暮らしていたのに国を追われ難民となって苦しい生活を強いられています。ショパンも同じように祖国を亡くした人です。彼らの気持ちになって心の痛みを強く感じることができれば、それを演奏に表現できると思います。そういう苦しみを我々日本人には感じるのが難しいかもしれませんが、もし自分がそうなったらと想像力を働かせることが大事だと思います。
―今回出場した日本人ピアニスト12名も、ショパンコンクールを受けるにあたって、ショパンをどう弾くかだけではなく、自分のアイデンティティは何か、音楽とどう向き合うか、といった根本的なことを問い直す機会になったようです。
ショパンコンクールを受けることでものすごく成長できます。ショパンは和音一つで世界をがらりと変えるくらいの力を持っています。機会があればぜひポーランドに遊びに来て、この空気を知っておくのはいいですね。
菅野 恵理子(すがのえりこ)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/
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