ショパン国際コンクール(11)二次予選3日目 リズムの軽やかさと重さと
さて二次予選はポロネーズ、ワルツ、マズルカ、ボレロ等の舞曲も登場しています。ポーランド人の高貴さや誇りの象徴でもあるポロネーズ。ショパン自身はどのような気持ちで書いたのでしょうか。ワルシャワを離れ、パリに居を定めたショパンにとって、ロシア帝国に対する独立運動起こっていた祖国の音やリズムを書きとめることは、自分だけでなく同胞のためでもあったかもしれません。それぞれ興味深い演奏がある中、今回は舞曲にちなんで「リズムの軽やかさと重さ」で印象に残った演奏をピックアップしてみました。
53番ジョルジー・オソキンス(ラトヴィア)
舟歌は旋律に、舞曲はリズムに強い光を当てる。舟歌の左手で作る波が曲に静かな躍動感を与え、右の旋律も波のようなやや誇張したフレージング。このアプローチが舟歌全てに貫かれていた。マズール風ロンドはリズムの特徴を強調し、響きの作り方も美しく、サロンで弾かれているようなお洒落さ!変奏曲「パガニーニの思い出」も安定した拍感の上に得も言われぬほど艶やかで華やかな音楽が展開される。マズルカOp.41-4は左手で刻まれるリズムを思いきり強調し、再現部は華麗に。Op.50-3はテーマの音を極力抑えてリズムを強調し、再現部はgisが鳴り響く中で静かに始まる。2曲とも表情の違うcis-mollを選んだ。ワルツOp.34-3はマズルカとのリズムの違いをしっかり演出。最後のオクターブから半音下がって始まる英雄ポロネーズOp.53は、一転して男性的イメージを強調する。中間部のオクターブ連打もわざと濁して荒々しく、次第に重みを増すのは近づいてくる足音のようである。プログラム、演奏にも遊び心があり、到底20歳とは到底思えない成熟ぶり!※使用ピアノ:ヤマハ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)
68番アルセニー・タラセヴィチ・二コラーエフ(ロシア)は様々なリズムの軽やかさや重みを表現する。ポロネーズOp.26-1を雷雨のように激しい冒頭から、中間部はしずくのような軽やかさに。Op.26-2は沈鬱な面持ちで始まり、中間部はわずかにバス音を強めに響かせて下から突き上げるような硬質なスタッカートが、石畳に響く足音のようでもある。一転して、ワルツOp.34-1は羽根のような軽やかさで、1拍目はステップしながら旋回する時の僅かな弾みを感じさせる。続くワルツOp.34-2も旋律はルバートが過ぎるくらいであるが、イマジネーションに溢れる。最後は切ない追憶の瞬間がふっと途切れるように終わる。このさじ加減が絶妙である。スケルツォ3番も彼の持ち味が十分発揮された。※使用ピアノ:スタインウェイ(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)
59番シャルル・リシャール・アムラン(カナダ)はピアノを気持ちよいほど十分に鳴らし、ふくよかで温かい弾力性ある音を出す。幻想ポロネーズは響き方がよく考えられた序奏から。再現部の華麗さ、そして最後は澄み切った迷いのない音で終わった。ワルツOp.64-3はリズムの刻み方が心地よい。ポロネーズOp.44も誠実な音で、ロンドOp.16も楽曲と楽器の魅力を余すことなく伝えてくれた。今回誰に聞いても、好きなピアニストにアムランを挙げない人はいないほどの大人気!※使用ピアノ:ヤマハ
64番ディミトリ・シシキン(ロシア)クリアで明るめの硬質な音で弾かれるロンドOp.1は、さながら弁士のように表情を変えながら奏でる様にユーモアすら感じられる。ノクターンOp.9-2は必要以上にテンポを揺らさずに味わい深く。ワルツOp.34-3はエレガントにリズムを強調する。英雄ポロネーズOp.53は大きく音楽を捉えながら、自分なりの画風で、音楽のイメージを再構築している印象。スケルツォ2番も響き一つ一つに鋭く耳を傾けているのが伝わる。アムランと同じ楽器ながら、まるで違う音が出てくるのも面白い。※使用ピアノ:ヤマハ
日本人ピアニスト、3名が熱演!
高円宮久子妃殿下がご臨席された二次予選3日目午前。映像でお姿をご覧になった方も多いでしょう。3名の日本人ピアニストも健闘しました。
45番中川真耶加さんは初々しく瑞々しいロンドOp.16から!ポロネーズOp.26-1は非常に優美なフレーズで音楽を描き出し、Op.26-2は厳めしく陰鬱な表情から入り、重々しいリズムや軽やかながらもうつむきがちなリズムなど、様々に表現した。ポロネーズ2曲の対比が鮮やかである。ワルツOp.42は上声と内声の響きのバランスや、バラード4番は解釈を深めていくと音が整理され、持ち前の豊かな感受性と表現力がより磨かれ美しく響いてくるだろう。(photo:Bartek Sadowski NIFC)
65番須藤梨菜さんは、安定した凛々しいリズムを刻む英雄ポロネーズに続き、ボレロOp.19の洒落たリズムをいとも軽やかに華やかに繰り返す。彼女にぴったりの選曲!ワルツOp.34-3も可憐で美しい。舟歌、幻想曲もより解釈を深めていくとより味わいが出ると思うが、美しい瞬間はたくさんあった。終演後、「やっぱりショパンコンクールという大舞台は何度弾いても緊張します!!でも5年前よりはコントロールして、よく音を聴きながら弾くことができたと思います」と疲れも見せず元気ににっこり。(photo:Wojciech Grzędziński NIFC)
52番小野田有紗さんは、曲への想い、情熱がよく伝わってくるスケルツォ1番から。ワルツはややリズムが前のめりになる印象があったが、右手で奏でられるフレーズが美しい瞬間を何度も創り出した。アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズは、様々な陰影や表情を試みたアンダンテ・スピアナート、ポロネーズは左手で軽やかにリズムが刻まれ、右手では自身の感性を生かしたフレーズが美しく、さらに繰り返されるモチーフの表現を考えることでさらに奥行きが出そうで楽しみだ。(photo:Bartek Sadowski NIFC)
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/