ショパン国際コンクール―ヤシンスキ審査員長に聞く「マズルカとは?」
ポーランドの心とも言えるマズルカは、ポーランド人にとっても難しいといわれる。二次予選でも実に様々な演奏が登場した。では改めて、どうマズルカにアプローチすればよいのだろうか。審査員長のアンジェイ・ヤシンスキ先生にお伺いした。
―二次予選では、様々なマズルカの解釈が出てきました。マズルカを演奏する上で最も大事な点は何だと思われますか?
ポーランドの人々はよく歌い、よく踊りますので、演奏する時もぜひそれを想像してほしいですね。ポーランドには「Mazowsze(マゾフシェ)」というダンス・アンサンブルグループがありますが、彼らの踊るマズルカ、クヤヴィヤック、オベレクなどは参考になると思います。
しかし何より大事なのは、マズルカをどのように踊るのかではなく、ショパンがどのような心境でマズルカを書いたのかを感じ取ることです。寂しくて悲嘆に暮れている時は郷愁の念を、楽しい時は笑顔でマズルカを書いている姿が思い浮かびます。その他にも、愛、友情、冗談、美しい自然、空、星、木々、鳥・・・マズルカには全てが込められています。そう、鳥の鳴き声を感じることもあるんですよ。
ショパンは長く故郷を離れていましたから、マズルカは現実というより、思い出や過去の記憶と繋がっているのですね。ぜひ皆さんには、ショパンを作曲家としてだけでなく、一人の人間として、一人の男性として理解して頂きたいと思います。彼がどのように感じ、何を大事に思っていたか。彼は生涯結婚せず、子供も持たず、愛も長くは続きませんでした。愛の喜びも過去の思い出になってしまった。だから彼の音楽には、愛へのノスタルジーがあるんですね。そんな心情を想像して頂きたいと思います。
―ショパン博物館にも彼の人柄を偲ばせる手紙や画が多く残されており、ショパンの様々な感情が直に伝わってきました。ところでアジア圏のピアニストにとってマズルカのリズムは特に難しいと思いますが、演奏を聴いていかがでしたか?
アジアだけでなく、ヨーロッパのピアニストにとっても、ショパンの音楽を理解するのは易しいことではありません。アジア出身のピアニスト達は、マズルカを含め全てにおいて良い演奏をしようという努力が感じられます。知性もあり、良い録音をたくさん聴いているのでしょう。とても良い演奏もありましたよ。
日本のピアニストはこの20年ほどで大変成長されたと思います。最近は表現力の強さ、幻想性、そしてテンペラメントも出てきましたね。
このコンクールでは、ヨーロッパ、日本、米国・・・様々な演奏のスタイルがあり、どのピアニストにもそれぞれのルバートや音質、ディナーミク、フレーズ、呼吸があります。おそらくショパンは、各演奏者の解釈の自由を幅広く認めるだろうと思います。
―先生ご自身も幅広い解釈を認めていらっしゃいますか?
ええ、私は多くの解釈を認めるようにしています。ただピアノを叩いたり、レガートをスタッカートで弾いたり、ペダルが多すぎるのは好みませんが(笑)。ショパンの音楽が与えるべきものは、衝撃ではなく、喜びなのです。
―5年前と比べて解釈の幅は広がったと感じられますか?
ええ、確かに5年前と比べるとかなり幅広い解釈が現れていますね。審査員の中でも意見が分かれる可能性はありますが、まずは演奏を楽しみにしましょう。