第13回 幻のガイゲンヴェルク
このところ小生も、少しばかり忙しくなってきて、原稿の執筆をサボっておりました。期待してくださっていた方々には、真に申し訳なく思います。
さて、今年最初のお話しは、最も珍しく、ある意味最も奇妙な鍵盤楽器、ガイゲンヴェルクについてです。
この楽器の起源は意外に古いのです。かのレオナルド・ダビンチが発明したことになっており、ダビンチ自身によるスケッチも残ってはいるのですが、それは余りに不完全で、実際に、使える楽器であったかどうか分かりません。例によってダビンチの発明のことですから、空想に終わっただけのものだったかも知れません。でも、その発想はすばらしかった。つまり、鍵盤で弦楽器の音を出してやろうという物だったのです。
元々、鍵盤楽器というものは、発音法から見て、独自の分野を持っているとは言えません。例えば、ピアノは打楽器の一種であり、ハンマー・ダルシマーやツィンバロンに鍵盤を付けた物という言い方ができます。チェンバロは、トルコのカーヌーンや中世ヨーロッパのプサルテリウムを鍵盤で弾けるようにした物、そして、オルガンは、笛やラッパを鍵盤仕掛けにした楽器に他なりません。となれば、当然、弓奏弦楽器を鍵盤で鳴らそうという考え方にも大いに必然性があるわけです。
とはいうものの、この楽器を成功裏に仕上げるのは、大変な困難を伴いました。ダビンチ以後も、この楽器にチャレンジする製作家は後を絶たず、17世紀の大理論家プレトーリウスも、有名な『シンタグマ・ムジクム(音楽大全)』の中で、この楽器について解説しています。それらの資料を読むと、かなり成功した例もあったらしく、オーケストラの豪快さと消え入るようなピアニッシモを可能にするような、優れた楽器も作られたようです。しかし、その殆どは失われてしまいました。また、そういう楽器がいつでも手に入るようにするために、量産できるノウハウを創ることは、結局誰にもできなかったのです。
にも関わらず、この楽器は、鍵盤奏者の夢の一つとして存在し続けました。バッ ハの次男エマーヌエルも、「ガイゲンヴェルクこそは、最高の鍵盤楽器である」と いう意味のことを言っていますし、彼にそう言わせるだけの名器が、当時存在したことは確かのようです。 19世紀になって、ピアノの時代になっても、この夢は消え去りませんでした。回転 する弓を備え、擦弦音も出せるようにしたピアノが、何台も作られ、その一つ、20 世紀初頭の楽器がウィーンの博物館に保存されています。
原理は、だいたい以下の様です。何らかの動力(多くの場合、奏者自身の足踏み)で、一つまたは数個のドラムを回転させます。そのドラムの周りにはヴァイオリンと同じような馬の毛や皮革が貼られ松脂を塗布します。鍵盤を押すと、それぞれの弦が弓に接触するようになっているわけです。
この楽器に現在なお挑戦している製作家が、世界に二人います。その内の1人が、私の友人小渕晶男さんです。今回は彼の楽器の音をご紹介しましょう。これは、彼の4号器で、弓を回転させるためには、もう1人の人が、手でハンドルを回す仕掛けになっています。
武久 源造
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