第11回 チェンバロからピアノへ2

第11回 チェンバロからピアノへ2

2006/09/13 | コメント(0)  | トラックバック(0)  | 

【演奏】  ♪ スヴェーリンク 「涙のパヴァーヌ」 (MP3) 演奏:武久 源造
※※2006/8/1 東音ホール(東京・巣鴨)におけるライブ録音
※録音機材と環境の都合により、雑音が多くなっています。あらかじめご了解下さい。

 18世紀というのは、ヨーロッパ音楽が、内容、形式共に、かつてないほどに劇的に変わった時代でした。特に、その前半にはヴァイオリンの名器が数多く産み出されました。ヴァイオリン音楽は、17世紀から18世紀への変わり目あたりに、最初の開花期を迎えます。音楽家はみな、ヴァイオリンが弾ける、というのが、この頃の最低条件だったのです。バッハもヘンデルもモーツァルトも、ヴァイオリンやヴィオラの名手でした。正にヴァイオリンの時代だったと言えます。しかし、18世紀の後半になるとそのピークは過ぎ、楽器の花形は鍵盤楽器、特にピアノに移っていくわけです。上にあげたバッハ、ヘンデル、モーツァルト等は、いずれも、最初はヴァイオリニストとして出発し、ついで鍵盤の名手として持て囃され、最後は有力な作曲家として、声楽を含む大曲の創作に没頭するという人生をおくりました。図式的に見ると、この3人はよく似ていますが、この時代の音楽家は、多かれ少なかれ、だいたいこれと同じような人生コースを考えていたと思われます。

 18世紀にヴァイオリンを押しのけるようにして浮上してきた鍵盤楽器ですが、活気はあったものの、特に最初は浮き沈みが激しかったようです。まずは、新しい鍵盤楽器の発明ラッシュが起こりました。例えば、ダニエル・ゴットロープ・テュルクの鍵盤教本には、1780年代に鍵盤奏者が知らねばならなかった様様な問題が包括されていますが、その序文で、彼は、当時の鍵盤楽器をカタログ風に並べて紹介しています。それを見ると、まずその種類の豊富さに驚かされます。

 さて、今日は前回に引き続き、この時代の鍵盤楽器の比較を続けましょう。 クラヴィコードは、チェンバロよりも古い歴史を持つ楽器ですが、ドイツ以外の国では17世紀前半までに廃れてしまいました。ところが、ドイツ・オーストリア、そして、北欧諸国、およびポーランドなどでは、この楽器の人気は絶大であり続け、ベートーヴェンやショパンさえも、この楽器を愛しました。

 前回示した基準からこの楽器を見てみましょう。クラヴィコードは、倍音成分が少なく、したがって調律の狂いがあまり気になりません。一本の弦を数個の鍵盤で共有するタイプのクラヴィコードの場合、調律は簡単、かつ、短時間ですみます。タンジェントという、ドライバーの先のような物で、張力の弱い真鋳弦を押し上げて発音するため、弾いた後、さらに鍵盤に力を加えることで、音程を上げることができます。調律が狂って僅かに音が下がっていたとしても、この方法で補正しながら弾く事もできるわけです。そのうえ、いったん調律するとかなり長持ちします。その他の点でも、楽器を維持するのにそれほど手間はかかりません。前回挙げた基準の1に関しては、だから、80点を付けて良いでしょう。

 次に、クラヴィコードは、長方形で比較的小型の楽器です。どんなに大きくても、長さ170cm、幅60cmは超えません。持ち運びの簡単な旅行用のクラヴィコードという物も、当時数多く作られました。勿論、ペダルなどの付属物も無く、殆どの場合、ストップ操作も不要なので、操作性、使いやすさに関しては、95点を付けても差し支えないと思います。

 問題は、基準の3、つまり、可能性についてです。クラヴィコードは、あらゆる鍵盤楽器の中で最も繊細な楽器です。微妙なタッチの差がこれだけはっきりと音に現れる楽器は、全ての楽器を通して見ても稀です。特に、いったん出した音に変化を付けられる、つまり、音程を変えたりビブラートを付けたりできるという点で極めてユニークです。18世紀ドイツの音楽教師達は、まずこのクラヴィコードでの練習を強く勧めたものでしたが、それはまず、豊かなタッチの感覚を身に付けさせるためでした。

 強弱の変化も自由自在で、特に弱音の世界は殆ど無限に広がっている感じです。しかし、残念ながら、フォルテには限界があります。大型のクラヴィコードで思いっきりフォルテを出しても、現代ピアノのメゾフォルテぐらいの音量しか出せません。タッチも独特なので、慣れるまでは、自由に弾きこなすところまで行くのはなかなか大変です。これらのことを総合すると、基準3に関しては、75点、というところでしょうか。


武久 源造

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