序:ショパンが生きた時代の森へ

序:ショパンが生きた時代の森へ

2007/09/18 | コメント(0)  | トラックバック(0)  | 

ショパンが生を受けた19世紀、膨大な量のピアノ作品が生み出された。これはいわば時代の宿命とでもいうべき現象であった。ピアノという楽器の改良が日進月歩で進み、それに対応する演奏技術・表現をピアニストたちは探求し続けたのである。一方、受容者サイドでも、ピアノは中産階級の家庭にはなくてはならない「家具」となったことで、その社会的地位が保証され、ピアノ音楽の需要が爆発的に増加した。この需要を満たすために、そして同時にピアノの可能性を探求するために、膨大な量のピアノ作品が書かれたのである。このような時代背景を捉えると、それらの山のように書かれたピアノ作品の森には、私たちのいまだ聞いたことのない意欲作や野心的な作品が多く含まれているのではないか、そして、私たちのよく聴いているショパンの音楽もまたその森の一角を占めているのではないか、という想像が膨らむ。

それでは、21世紀の今日、ピアノ音楽に携わる私たちが負っている時代の宿命とは何だろうか。今日、ショパンの生きた時代から、私たちは160年近く隔てられている。この時間を空間にたとえれば、ショパンのいた森から160年という距離だけ離れたことになる。この距離感は、森全体を見渡すのにちょうど良い距離かもしれない。彼が19世紀のピアノ界においてどのような位置にあったのか、そしてその影響力の及ぶ範囲はどこまでだったのか。このような時代の景観を見渡すことが、21世紀を生きる私たちの宿命であり特権ではないだろうか。つまり、ショパンとその同時代に生きた人々について知り、その音楽に触れたいと思う気持ちは、いわばショパンの生きた時代に開かれた窓となるのである。その窓から流れてくる「気」に触れることによって、私たちはショパンだけを見ていては見えてこないショパンに出会うことができるかもしれない。あるいは本当にショパンやリストだけがピアノ音楽に生命を吹き込んだ当事者だったのか、私たちが彼らの音楽にこだわらなければならない理由は一体何なのか、といった事柄を考えるきっかけになるかもしれない。

このコラムを「ショパンの同時代人」と題したのは、このようなことを意図してのことである。今後の連載では主に、ピアノ音楽の中心地であったパリのピアノ音楽界をいくつかの視点から眺める。例えば、ショパンがほとんど無縁であったパリ音楽院にはどのような教師がいたのか、どのようなピアニストがいたのか、そして彼らはどのような作品を書いたのか。あるいは彼らの音楽を知ると、ショパンの音楽がどう見えてくるのか、といったことが各回のテーマとなる。

21世紀を担う演奏家や教師の方々には、ぜひ、彼らのことを知り、彼らの作品を演奏してほしいと願う。極力先入観を排して、自身の感性で彼らの音楽のエスプリを捉え、体現させることは、音楽家本来の営みである。これまで苦労して培ってきた技術を応用し、もっと多くの音楽に触れることによって、音楽に携わる私たちは自分なりの新たな音楽の歴史的ヴィジョンを構築するというのは、なかなか生産的な活動ではないだろうか。そのように考えてみれば、これからを生きる音楽家の未来もそう暗くはないように思えてくる。時代に即した音楽活動に結びつく一案として私はこのコラムを書き進めて行こうと思う。

2007年8月3日 上田泰史

上田 泰史
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、現在、同大学院修士課程に在籍中。卒業論文に『シャルル・ヴァランタン・アルカンのピアノ・トランスクリプション』(2006)。安宅賞、アカンサス賞受賞。

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