25曲を斬る!第05回 Innocence 無邪気 ~ 対比からちらつく"Innocence"とは
♪ 第5曲目 Innocence 無邪気:Youtube 演奏:友清祐子 ♪
広報:さぁ、「無邪気」ですね。
(一同しばし沈黙)
藤田:...うぅん。まぁ、よく書けてるんじゃないですか?
広報:いいですよね。前半の半音使いなんかは洒落てます。ただ私はですね、中間部のですねぇ...
会長:(吹き出し笑い)
藤田:ああ。このダンス。
広報:はい、そうです。2番括弧のあとの10小節目からの、なんというか、バカっぽさみたいなのが、ちょっと気になりますねぇ。
会長:なりますなります。
藤田:確かに。
会長:ここは、右手もさることながら、左手がね。
藤田:左がね!!!!
会長:だって、前半でさんざん左手は和音で語ってきたのに。これ・・・♭シド♭シド♭シドって、キツぃ・・・
藤田:この無表情っぷりはないよね!たまたま昨日、ラン・ラン(※中国人ピアニスト。表現力豊かな演奏で人気。特に弾いている最中の顔の表情はものすごい)の演奏をテレビで見たんだけど、ここはちょっと、ラン・ランでもどうしようもないんじゃないの。♭シド♭シド始まったら、ちょっとここだけは映さないで、みたいな。ぼく顔できないから、みたいな(笑)。
広報:こまりますねぇ。ここの表現は、どうしたらいいんでしょうか。
藤田:前半には本当に豊かな内声がありながら!どうしましょう、これ。
広報:明らかにここの4小節が...
藤田:これ、違う人が書いたんじゃないの?
会長:(爆笑)ここだけ?
藤田:いや、この4小節だけっていうより、後半全体が非常に薄いと思うんですよ、前半の力に比べたら。
会長:そう!
藤田:これはまるで、モーツァルトのレクイエムを聴いて「あ、ここからは別の人が書いたな」ってすぐにわかるように、何かそういう違いすら感じますねぇ。ホントは前半の9小節目までだったんじゃないの?この曲。でも出版の都合で「1曲1ページで」とか言われて、ちょっと足したとか。
会長:なるほど。じゃないと解せないですね。
藤田:だいたいね、10~11小節の右手の繰り返しを、12~13小節目で単に1オクターブ上げるだけっていうのも、なんかブルグらしくないんですよ。
広報:そうですよ、らしくないですよ。1オクターブ上げるだけなんて。そんな手では、ごまかされないですよ、こっちは。
藤田:そんなこと、する?ブルグ。
会長:あ...でも、それがむしろ、狙いかな。だって、「無邪気」ですから。
藤田:...あああっ!!そうね。「無邪気」ですからね。あああ。なるほど!
会長:うん。「みんなほら、いろいろ裏読もうとするでしょ?でも『無邪気』なんだよ」みたいな。...苦しいかな。
藤田:いや、その線はあるね!ブルグ、自分が無邪気なんかじゃないこと、わかってるから。
会長:うん。わかってるから。「『無邪気』って、こんな。でしょ?」みたいな。
藤田:そう!「こんな感じだろ?『無邪気』って」って。
広報:...意外と冷笑家だね。
藤田 会長:(爆笑)
広報:すごい。怖い曲になってきたー。この連載「大人のため」だけに、こんな話、子供には聞かせられないよ(笑)
会長:早すぎる早すぎる(笑)
藤田:いやむしろ、こういうことを、自分で実感して見つけられるようにならないとダメね。大人から聞いて、口真似だけするようではね。
会長:うん。そう。でも案外、子供はわかってるから。
藤田:ああ、そうね。子供は結構わかってるんだよね。
藤田:この前半の書法ね。例えば、冒頭の右手なんかは、ただ降りてくるだけじゃなくて、行きつ戻りつしながら降りてくる。7小節目では半音を使って特徴的なアクセントの音型が出てきたり、こういった作り方っていうのは、ショパンと同類の非常に繊細なピアノ書法ですよね。だからこそ、この後半との対比が目立っちゃう。
広報:目立ってますねぇ、かなり。ワル目立ち。
会長:これさぁ。わざとじゃない?
藤田:うん。これ、わざとじゃないとは言えないね!
会長:ね。後半、どれだけ「バカっぽさ」を出せるかっていう。
広報:なるほど。後半の14節目を見ても、単なる順次進行でただ降りてくる。前半は行きつ戻りつで「ためらい」を見せていたのに。どうも、途中で何かに気が付いて、前半でのこと、後半でぱたっと「やめた」って感じがします。
会長:ああ、ほんとですね。
広報:人間あるじゃないですか、そういうこと。一生懸命いろんなこと考えてきて、仕事したり、人に対して気を遣ったりさ、ああ自分は毎日こんなに頑張ってるなぁ、なんて思っても、あんまり報われなかったり周りが自分勝手だったりだと、ある瞬間キレて、「あああもぉやめたやめた!!」ってなること。あるじゃないですか。
藤田:ああ、そうね!あるある(笑)
会長:確かにね!
広報:大人だって、キレるんですよ!もうやめてやる!って思う瞬間もあるんですよ!どんなに頑張ってきてもね。
会長:そうですよ!そんな状況ならもう、♭シド♭シドだよ!
広報:ええ!もう、バカバカしくって、♭シド♭シドですよ!前半のためらいなんてもう捨てて、後半は♭シド♭シド、「もういいんだ!もういいんだ!」ってなりますよ!
会長:なるほど!
藤田:そうか。では、曲のタイトル Innocenceは、「もう、知らない」、だね。
会長:!!!
広報:タイトルは「もう、知らない」!そうか!そういう意味だったのか!?
藤田:そうです。この前半と後半の対比の意味を解釈したら、もうそれしかあり得ません。
会長:いやぁ...驚いた。「もう、知らない」...か。そっか、そうですよね。後半ちょっと、気がふれてる感じありますもん。前半まったく匂わせてないのに。
広報:そうよね、ものすごくエレガントですよ、前半は。大人としてちゃんと振舞えてるもん。
会長:そう。2番括弧までは振舞えてます。
広報:でも10小節目で突然キレた。
藤田:そりゃleggieroにもなるよね(笑)。
広報:自由になっちゃった。最終小節は、最後の16~17小節は、もう投げやりな気分すらあります。
会長:「もう、知らない!」の和音です。出だしからすると、この曲最後はこんな風に終わるなんて予想がつかない。
藤田:25曲中、他の曲は結構まとまりがあるのにね。
会長:見渡せてない感じがある。これだけは、「もう、知らない」ですよ。
広報:あぁ、今回も気付いてしまいましたね。
藤田:気付いてしまいましたよ、これは。ちなみに原題のフランス語Innocenceには、「無罪」っていう意味もあるんです。
広報:「もう、知らない!僕は悪くないもん!」、で、無罪(笑)。
前半と後半の対比は、楽譜を眺めれば眺めるほど歴然としてくる。左手の和音の薄さだけでもなんと明白なことか。でも、そんなことがあってもいい。時には投げやりになる日があってもいい。大人になりきれなくたって、時には「無邪気」に振る舞うことも人生には大切なんである。これは、そんなことを教えてくれる一曲なのかも知れない。最後の「もう、知らない」の和音ですが、演奏上は投げやりにならず、丁寧に弾きましょう。それが大人ってものです。
※コンサートのお知らせ
ぶるぐ協会では、来る2009年9月23日に第二回目のコンサートを開催します。今回はC.L.ハノンの生誕190周年を記念し、おそらく今日ほとんど聞かれることのない彼の練習曲以外の作品をお楽しみいただきます。ブルグミュラー作品は12と18の練習曲、そしてバレエ音楽にもなっている「レーゲンスブルクの思い出」など。連弾あり、トークありの盛りだくさんの2時間です。
とき:2009年9月23日(水・祝)午後1:30会場 2:00開演
ところ:東京文化会館4階音楽資料室鑑賞室(JR上野駅公園口すぐ)
入場:無料 (お席に限りがございます。整理券予約はburgmuller25@gmail.comまで)
演奏:友清祐子・須藤英子
お話:飯田有抄(ぶるぐ協会広報)
企画構成:前島美保(ぶるぐ協会会長)
音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。