25曲を斬る!:第02回 アラベスク
♪第2曲目 Arabesque アラベスク :Youtube 演奏:友清祐子♪
広報:今回は第二曲目のアラベスクです。一般的な話から入りますと、この曲は非常にちびっこに人気なんですよね。以前このコーナーでアンケートをとっていたことがあったのですが、とても人気あったんですよ。
藤田:おお、そうなんですか。おそらくそれは、肉体感覚と結びついているのでしょうね。
会長:と言いますと?
藤田:この右手の出だしのラシドシラですが、子供って手が小さいから、この転がして動かす音型の感じが気持ちいいのだと思います。
会長:なるほど。私は保育所育ちなんですが、当時の先生がこの曲になぜか「蜘蛛」の遊戯を付けましてね。いまだに私は肉体感覚として、この曲を聴くと、仰向けに四つんばいになった子供たちがワラワラ動く様子が目に浮かんでしまいます。
藤田:それはなかなかに強烈なメモリーですね。
会長:豊かな発想力の先生でした。それはさておき、私は「アラベスク」というタイトルの作品は、このブルグミュラーの曲が最初に知ったものなんです。
広報:私もですよ。そういう人多いと思います。
会長:で、ほかの「アラベスク」を知ったときの衝撃がすごかったんです!たとえばシューマンの「アラベスク」。次に知ったのがそれですが、そのとき、「あれ?アラベスクって何なんだっけ?」と、イメージがよくわからなくなっちゃったんですよね。
藤田:なるほど。ブルグの曲は、音がまったく交錯してないのにも関わらず「アラベスク」ですからね。
広報:あ、言われてみるとそうですね(笑)。「アラベスク」って、もともと「唐草模様」の意味ですもんね。音がぜんぜん絡み合ってないのに、ブルグ、どうしてこれ「アラベスク」にしたんだろう?!
藤田:僕自身は、途中ちょっとピアノをやめていたという事情もあって、「アラベスク」っていうと、やっぱりドビュッシーなんです。だから、ブルグのこの曲をもってして「アラベスク」と言われると、逆にすごくびっくりします。なんにも交錯してないに、なぜアラベスク?みたいな。
会長:で、でも、私の中では「アラベスク」って言ったら、もうこれ(ブルグの曲)なんです!!イメージが固定されてるっていうか。けっこうなパーセンテージの人が、そういうことになっちゃってるんじゃないか、っていう。最初に辞書ひいて「唐草模様」って出てきた時は、ほんとびっくりしましたよ。
広報:意味を知らなかったとしても、語感的に「アラベスク」ってなんか、かっこいいじゃないですか。
藤田 会長:うん、かっこいい、かっこいい!
広報:そのかっこ良さに、イントロのザッザッザッザッっていう和音がまた合ってる気がして、子供心に「これぞアラベスクっ!」なんて勝手に思っちゃうんですよね。だから私は何の疑問も持たなかったよ(笑)。
藤田:まぁアラベスクというのは、もともともは「アラブ風」という意味でもありますからね。だからもしかしたら「アラブ風の」という程度の意味かもしれないし。
広報:なるほど、異国風、エキゾチック、みたいなね。シューマンやドビュッシーの作品はやっぱり音が交錯するんですかね。
藤田:うん、やっぱりこう一方向ではなく、動きますねぇ。
広報:う~ん、じゃやっぱりこのブルグ君の「アラベスク」、変わってますね。
藤田:ほかには、この曲が子供に人気の秘密は何なんでしょうね。
広報:短調がかっこよく響くとか、あとは、初めて出会うアップテンポの曲だったりして、ちょっと花があるんですよね。
藤田:なるほど。個人的にはこの10小節目の、両手のミの音が、非常に間抜けに感じるんですけどね。これナンですかね。
広報:あっ、でもこれ・・・私結構好きなんです。
藤田:あ・・・そう。
会長:(爆笑)
広報:だってこれ、すごくないですか?7小節目からハ長調に転調してますが、この10小節目の「ミ」だけで、またイ短調に戻してるんですよ。これすごくない?
藤田:うんそうね、一音でね。それはすばらしいね。
会長:そう。この人、切り替えがすごいんだよね、ブルグって。
広報:技術もってる。単音なのになんでイ短調に感じられるんだろう。スフォルツァンドだからかなぁ??
藤田:う~ん、・・・これはだから、ベートーヴェンの5番の交響曲と同じなんですよ!
会長・広報:えっ?!?!
藤田:5番の「運命」はソソソ♭ミーという出だしですけど、最初のソソソのところだけでも、なんであれちゃんとハ短調に聞こえるのか、っていう。
会長:おぉ~~~ぅ言われてみるとそうですね!で、なんでですか?
藤田:それはやっぱりベートーヴェンが非常に鋭い耳をもっていて、倍音の効果を利用してるわけよ。で、このブルグの「ミー」も、これが鳴っただけでここがドミナント(イ短調のV)なんだ、っていうのがわかる。これというのはやっぱりね、ブルグミュラーには耳があるというか、ちゃんと音を楽器で確かめながら音楽を書いているってことですね。ブルグミュラーは、音楽を、単なるエクリチュールとしては捉えてない!!
広報:・・・かっ、かっこいい・・・(小声)
会長:すばらしいですね・・・(絶句気味)
広報:聞きましたか?「ブルグは音楽を単なるエクリチュールとしては捉えていない」のよ!!これ、いただきましょう!(※「エクリチュール」とは、フランス哲学用語でもありますが、音楽で言えば、作曲の書法上の規則や方法論といったところです。)
会長:す・・・(絶句)
広報:なるほど・・・ブルグはひとつひとつ、ちゃんと楽器で鳴らしながら作曲していたんですねぇ。
藤田:そうです。
広報:11小節目の2番括弧は、逆にハ長調のまま終わるんですが、そのあとまたイ短調に突入するんですよね。右手ミーシドーラ♪ミーシドーラ♪にはいる。
藤田:ああそうね。この12小節目ね。でもここのフォルテ、僕はここピアノでもいいんじゃないかなぁと思うんだけどね。ここから16、17小節目にかけて、息の長いクレッシェンドの山を作ってもいいような・・・。とにかく、この小さい曲中にも、いろんな演奏解釈の可能性が開かれてます。
広報:曲の最後ですけど、ユニゾンのミレドシラがあって、ジャーンと終わるこの感じ。ここにも花があるんです。
会長:これはね、子供心に、くる。
藤田:そうね。このユニゾンはくるね。最低音がここで出て来るんだもんね。
会長:そして跳躍。最終和音。
藤田:これはもぅ、ピアニスト気分になっちゃうね(笑)
会長:なりますなります!完全になりますよ。
藤田:非常にインパクトのある、強い曲ですね。その意味でも「アラベスク」っていうタイトルは不思議です。普通「アラベスク」というと、もっとこう軽やかなものですから。すらすらすら~とした感じ。
会長:なのに、私にとってはこれが「アラベスク」に・・・(笑)。ブルグでイメージが付いちゃったものって、他にも結構あって、「タランテラ」だとか「バラード」だとかも。
藤田:ああ、「タランテラ」とか、確かにそれありますね。
広報:あ、私も「バラード」といえばショパンのバラードより、ブルグです。
藤田:さすがにそれはないな。すみません、まだその域まで行っていません(笑)。
広報:いや、どうぞ来てください。
大人目線で子供心を探るところから、今回の鼎談は始まりました。しかしこの曲の「かっこ良さ」について、素直に向き合うことができたように思います。話の流れから、ピアノに向き合ってペンを走らすブルグミュラーの姿まで浮上してきました。ぜひ大人も、最終和音はピアニストになりきって弾きたいものです。
音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。