連載:第17回 2台のピアノによるブルグミュラー ~音の隙間が許す世界~
まずは下の3曲をお聞き下さい。
♪すなおな心(正直) ピアノI:須藤英子、II:友清祐子
♪アラベスク(からくさもよう) ピアノI:友清祐子、II:須藤英子
♪舟歌(舟歌) ピアノI:友清祐子、II:須藤英子
これはブルグミュラーの「25の練習曲」に、2台目のピアノによる伴奏が付けられたものです。伴奏部分を作曲したのは、アルフレッド・バトラーという人物です。この3曲以外にも、彼は25曲すべてに伴奏を付けています。原曲のイメージを拡大させるようなものから、全く新しいバトラー・ワールドを展開させるようなものまで、自由で生き生きとした作品にまとめられています。楽譜は、新興楽譜出版社(現シンコーミュージック・エンタテイメント)から出版されていましたが、残念ながら現在では絶版となっています。国内ではいくつかの大学図書館が所蔵しています。(再版を密かに祈っております!)
出版の経緯
筆者が手にしているのは、第一巻が昭和48年4月10日発行の初版譜、第二巻が昭和51年6月1日発行の初版譜です。2冊とも編著者はたなかすみこ氏となっています。たなかすみこ氏は、「いろおんぷ」や子供用のペダル補台の開発等により、日本のピアノ教育に多大な功績をもたらしたほか、日本におけるブルグミュラー受容のキーパーソンとも言える人物です。これついては、いずれ別にご紹介したいと思っています。
第一巻の「あとがき」の中で、たなか氏は次のように記しています。
「ブルグミュラーのこの曲集は、練習曲とは思えない程情緒豊かなので既に国内でも良く広められております。この2台ピアノ用(アルフレッド・バトラー編曲)の譜面は1935年以来アメリカのボストン・ミュージック社により出版されておりましたが、惜しくも昨年末で絶版となりました。それでこの度、新興ミュージック社と両者の新契約成立のもとに、私が解説・編著出来ます事はまことにうれしく光栄に存じます。」(1973年4月付)
バトラーのこと
さて、伴奏部分の作曲者アルフレッド・バトラーなのですが、この人に関する情報は、今のところミステリアスなまでに見つかっておりません。ニューグローブ音楽事典やアメリカ人音楽家をまとめた事典等にもその名を見つけることはできないほか、インターネット上にも当人らしい情報に突き当たることはないのが現状です。この楽譜に記されている下記の情報のみが、バトラー像を描く手がかりと言えます。
ALFRED BUTLER
Born: October 27 1876 in Ohio
Died: November 24 1957 in Los Angeles, California
Eminent piano pedagogue, editor, arranger and writer of piano teaching materials.
「アルフレッド・バトラー
1876年10月27日オハイオ生まれ、1957年11月24日カリフォルニア州ロサンゼルス没。優れたピアノ教師、編集者、編曲者、ピアノ教材執筆者」(筆者訳)
編曲を促す許容力
さて、ブルグミュラーの「25の練習曲」は、このバトラー版以外にも、連弾や室内楽用に編曲されたもの、またはソロでポップに楽しめるよう編曲されたものなどが数々登場しています。それも、日本の作曲家たちによって、活発に作られている気がしています!現在入手可能なものをいくつか上げてみます。
*ハンス・フランク(第2ピアノ作曲)「2台のピアノによるブルクミュラー25の練習曲」、1998年、全音楽譜出版社
2台目の伴奏は、バトラー版より易しく、発表会やレッスンで重宝されている版です。
*北島直樹、春畑セロリ編「ピアノで弾こう ジャズ・パラダイス」、2002年、音楽之友社。
ソロのための編曲。第16番に収められている『ブルクミュラー・メドレー』は、ジャズ的アラベスク、ボサノバ風スティリアの女、スウィングする5拍子の貴婦人の乗馬など、最高に楽しいアレンジが効いています。
*轟千尋編曲「6手連弾 ブルグミュラー25の練習曲No. 4 小さな集会」2007年、ミュッセ(http://www.musse.jp/scores/detail/PTNA-008832)。
ポップで繊細な編曲。他の25練習曲のナンバーの編曲も期待したいと思います。
このように、25練習曲をベースにアレンジものが生まれてくるのは、この曲集が広く長く親しまれていることに限らず、原曲そのものにも理由があるように思います。つまりこの曲集は、他の作り手たちが入り込むだけの、いい意味での隙間がたくさんある、ということではないでしょうか。他の可能性を受容して、広がるだけの余裕をもった音楽なのです。
編曲というと、「原曲こそが本物だ」とか、「原曲を知らなきゃ意味がない」などといった意見を耳にすることもありますが、そうした原曲vs. 編曲といった対立軸自体が、実は意味をなさないものだと思います。音楽とは、新しい響きに出会うことの喜びです。編曲作品を通して、もとの作品に聞き取っていたものを、さらに大きく感じたり、または既視感ならぬ既聴感をもって、新しい可能性を迎え入れる楽しみを感じることが出来ます。
コンサートのお知らせ
ぶるぐ協会では、来る2009年3月8日に初のコンサートを開催します。ブルグミュラー「18の練習曲」」のほか、上述のバトラー編曲による「2台ピアノによる25練習曲」、そして日本版のサロン音楽ともいえる「さくら」を題材とした作品の数々をお楽しみ下さい。
チケットご希望の方は、お名前、ご連絡先、希望人数をお書きのうえ、下記メールアドレスまでご連絡下さい。
burgmuller25@gmail.com (担当:前島) お待ちしています♪ |
音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。