みんなのブルグミュラー

ZADAN:第09回 ピース邦楽曲を聴く 其の二 ~ピース邦楽曲の背景 ~全音ピアノピースってすごいよね!!~

2008/09/17
ピース邦楽曲

全音ピアノピースの中でとりわけ異彩を放つ "ピース邦楽曲"。今回も、前回に引き続き「越後獅子」「六段」「千鳥の曲」ら邦楽曲をとりあげ、いくつかの疑問点や謎を解きほぐしながらラインナップの背景に迫っていきたい。まず楽譜冒頭部分を見てみよう。

越後獅子

六段

千鳥の歌

編曲者「Koyama K.」 、「Ito R.」 とは誰か?

全音ピースはオペラや管弦楽の曲を多数含むが、その編曲者が話題になることは少ない。では「越後獅子」の編曲者「Koyama K.」、「六段」と「千鳥の曲」の「Ito R.」とは一体誰なのか? 「越後獅子」の「Koyama K.」は勘のいい方ならお気づきかもしれない。そう、「管弦楽のための木挽歌」が教科書に掲載されたことのある作曲家小山清茂(1914~)だ。長野県更級郡出身の彼は、馴れ親しんだ日本の古典音楽や民謡を取り入れた作品を数多く発表してきた。全音ピース316番にある「かごめ変奏曲」は、1966年桐朋学園「子供のための音楽教室」の委嘱を受けて童謡「かごめ」をピアノ用に編曲したもので、テーマと8つの変奏曲からなる作品。せっかくの機会なので、冒頭と第1、2変奏を聴いてみよう。今回もMade in JAPANの須藤英子さんにご協力いただいた。

♪「かごめ変奏曲」より冒頭、第1,2変奏 mp3 ♪ 演奏:須藤英子

 「かごめ変奏曲」のユニゾンを駆使し、リズム主体のシンプルな作風はピース「越後獅子」にも共通する。小山清茂著『日本の響きをつくる』(音楽之友社、2004年)の作品表を見ると、ピアノ版「越後獅子」が誕生する以前に、フルート版、合唱版の「越後獅子」が存在していたことがわかる。また吹奏楽用にも編曲されているようで、「越後獅子」は小山がとりわけ愛着を感じていた曲であったことが想像される。では「六段」と「千鳥の曲」の編曲者「Ito R.」とは誰なのか?そこでピース一覧表を目を凝らして眺めてみると、323番「琴のスタイルによる小組曲」の伊藤隆太が目に飛び込んできた。確証には至らないが、箏つながりでピースの編曲者はこの人である可能性が高い。伊藤隆太(1922~)は、広島県呉市出身の作曲家、指揮者。小山同様、邦楽や邦楽器に関心を持ち、その語法や奏法を自らの作品に生かそうと試みた。ピース「琴のスタイルによる小組曲」(1968年)は「前奏曲」「夜想曲」「トッカータ」の3つの部分から構成されており、最後の裏連的な奏法など随所に箏の器楽的奏法を連想させる。これも一部聴いてみたい。

⇒♪「琴のスタイルによる小組曲」より箏のスタイル「前奏曲」「トッカータ」(部分)mp3 ♪ 演奏:須藤英子

ちなみに「越後獅子」「六段」「千鳥の曲」の校訂と、288番の「春の海」の編曲を手がけたのは作曲家、音響デザイナーなどとしても知られる和田則彦(1932~)。ピース一覧表には、さまざまな人的ネットワークが張りめぐらされている。


いつごろラインナップされたのか?

 次なる疑問点は、この邦楽3作品がいつごろピースに登場したのかということである。楽譜下方に注目されたい。

【越後獅子】

【六段】

【千鳥の曲】

 3作品とも「©1960」とある。1960年代とはピアノがお稽古として一般に普及した時代である一方で、作曲界を見渡すと現代邦楽というジャンルが生まれ、武満徹(1930~1996)など作曲家が積極的に邦楽器を用いた作品を発表するようになった時期でもあった。上述のとおり、確かに小山清茂も伊藤隆太も邦楽に相当の関心を寄せていた。ピース邦楽曲が登場したのはまさにそんな時代。そして全音にとって1960年代とは、従来の先行する各社版ピースを踏襲する時代から新機軸を展開していく過渡期にさしかかっていたと見てよいだろう。事実、238番「越後獅子」以降、邦楽曲や邦人作曲家による作品が目立ちはじめる。


ではなぜこの3作品なのか?

 この問題はピースの歴史とも関わってくる。話を第二次大戦以前に戻そう。
 ピース楽譜というのは、決してピアノに専売特許なものではなかった。むしろピアノピースは昭和に入って次第に勢いを増す後発だった。そもそも江戸時代、各種三味線音楽の楽譜は、ピース同様、一曲ごと出板されていたこともあり、ピース楽譜が受け入れられる素地はすでにあった。そこへきて明治大正にかけて手風琴、ハーモニカ、マンドリン、ヴァイオリンなど持ち運びに便利な西洋由来の楽器が伝来し、それとともにピース楽譜も多く出版、受容された。数字譜によるハーモニカ楽譜などは現在でも古書店で見かけるが、収録曲をみると、唱歌、洋楽、そして当時の流行歌が並び、流行歌の中にはしばしば邦楽曲が収載される。「越後獅子」「六段」「千鳥の曲」「鶴亀」「春雨」などはいわゆる定番曲で、当時の人々にとっては体に染みついた馴染みの曲だったと思しい。なるほど大正3年生まれの小山清茂も『田螺のうたが聞こえる』(音楽之友社、1984年)の中で、子供の頃「元禄花見踊」や「越後獅子」をハーモニカで演奏していたと回想している。
 ピース邦楽曲の編曲者らはいずれも、ピアノという楽器がピアノ曲を奏でる楽器であるだけでなく、馴染みの曲を奏でる複製楽器としても存在していたであろう戦前期に生まれている。西洋サロン音楽一色だった全音ピースに、突如としてかつての馴染みの定番邦楽曲がラインナップした背景には、先述の1960年代という時代の風潮とともに、戦前生まれの彼らの音楽的素養や音楽観に負うところが大きいのではないか。

 こうしてみると、ピース一覧表は、日本におけるピアノ音楽(受容)史さながらの感がある。そして、冒頭で「異彩を放つ」と述べたピース邦楽曲だが、全音ピース(ピアノサロン音楽)の特徴の一つが、オペラやバレエの1シーンあるいは管弦楽曲のピアノによる再現にあるとするなら、ピアノによる邦楽曲の再現である邦楽曲も、考えようによってはいかにもピースらしい作品だという気がしてくる。(前島 美保)


ZADAN第九回後記
ピース邦楽曲を調べていくうちに、想像以上にピアノ編曲版の邦楽曲が存在しているということがわかってきました。今後も須藤英子さんとともに研究を重ねてゆくつもりです。 お忙しい中、2回にわたり演奏のご協力いただいた須藤さんに、改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

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飯田 有抄(いいだありさ)

音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。

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