ZADAN:第02回 ピースの諸相が知りたい! ~全音ピアノピースってすごいよね!!~
サロン音楽って華やかに量産?!~変奏曲・装飾音・オクターヴ使いの法則~
広報:さて、ピースといえば、やはりそのラインナップが気になるところです。
会長:ですね。ピースでしかなじみのない作曲家がいたりします。たいがいその人たちは19世紀のサロン風の音楽が多そうだということも前回確認しました。
広報:はい。例えば、裏表紙の目録を見てみると、No.1としてベートーヴェンの「月光の曲」に始まり、ついでNo.2「エリーゼのために」が来ます。ここまでは、さすが大作曲家ベートーヴェン、堂々と登場ですよ。
会長:はい。で、次に来るNo.3は、ワイマン。曲は「銀波」。
広報:・・・ワイマン?誰ですかね。
会長:音楽之友社人名事典を見てみましょう。あ、いました。なんとこの人はアメリカ人!!
広報:おお。
会長:時代はバッチリ19世紀。ニューハンプシャー州で「親しみやすいピアノの小品を作曲した」。
広報:なるほど。
会長:はい、これ楽譜です。ピース買って来ました。
広報:なんとっ。厚いです。10ページ。大曲じゃないですか。・・・変奏曲だ。
♪「銀波」テーマ、第2変奏、第4変奏の出だしmp3♪(広報による試奏)
??なんか・・・きいたことある感じしない??
会長:こっ、これは!乙女?!?!「乙女の祈り」??
広報:あれ!ほんとだ(笑)。そっくり同じじゃないけど・・・なんか、雰囲気似てるね。
ピースって本当に変奏曲好き?!
会長:そういえば、両方とも、変奏曲だしね。
広報:この、どうだといわんばかりの華やかさは、変奏曲でこれでもか!と飾りたてる感じから来るんですかね。
会長:ええ。それにどうも、装飾音とかオクターヴ使いからも来てるね。乙女も銀波も。
広報:そういえばNo.29オースティンの「アルプスの夕映え」なんかも変奏曲。装飾多いし、妙に華やかで長い!!これはもう、サロン音楽のお約束ですか?!
会長:みんなもうオクターヴ記号が大得意。両手が遠いよね。えんえん続くし、持久力必要かも(笑)。
広報:サロンでの気持ちいいBGMは、なかなか終わんないのが良かったのかもね。
会長:なかなか終わらない長い曲っていうのは多いね。No.61の「女学生」とかも。ワルトトイフェルね。
広報:――ちょっと弾いてみる――あっ!!この曲知ってます!!きいた事がありますよ。作者もタイトルもあまり目にしたことなかったですけど。これもえんえん続くねぇ。
※レトロ版とは
ふつう当コーナーの録音音源はヨーロッパの立派なグランドピアノを使用していますが、レトロ版録音では、広報飯田が20年間愛蔵している国産アップライトピアノで演奏し、なおかつ録音データをいじって、ちょっと昔懐かしい雰囲気の音源に作り変えてみたものです。音源加工には「Sound it!」というソフトを使用し、ディストーションという音を歪める効果をつけました。ピースの作品(とくにサロン音楽)は、ときにアップライトピアノの家庭的な音がしっくりくる感じもしますので、あえてこんな音源も味が出るかもしれません。「女学生1~4番」では、「通りを歩いていたら、隣のお嬢さんが練習するピアノが聞こえてきたわ」的な雰囲気をかもし出してみました。5番の立派なピアノの音と雰囲気の違いを比べてみて下さいませ。
会長:――音友人名を眺めながら―― やはりこの人も19世紀。フランス人ですよ。しかし、あまり発表会とかで「女学生」弾く人、見ないなぁ。なんでだろう。どこかで聞いたことある感じなのに・・・
広報:発表会だと、変奏曲で大人気なのといえば、No.24「きらきら星変奏曲」やNo.294「幻想曲さくらさくら」あたりだね。
会長:「銀波」も「女学生」も、長すぎてレッスンとか発表会であまり弾かれないかもしれないけど・・・でもラインナップからは外れていない。どこかで誰かに愛されてるのね。
広報:外れるってこともあるんですか?言われてみれば、裏表紙の目録、結構ぽっかり空いてる番号があるような・・・
会長:そう!欠番!
広報:ここ、何が入ってたんだろう・・・って気になるね。辿ってみたくなるね。
会長:欠番!!欠番!!
広報:気になる!!
いざ、唐草模様ワールドへ
会長:というわけで今日はなかなか凄いものを持ってきましたよ。
広報:こっこれは!!旧バージョンの表紙!!
会長:唐草模様っていうんですか?今日は昭和23年3月25日発行のものと、昭和25年5月25日、および昭和27年3月20日のものを持ってきましたよ。これらの裏表紙目録を見れば、当時のラインナップがわかるってわけです。
広報:すごい!!
会長:ですが、細かくラインナップを見ていく前に、ちょっと注目したいところが。
広報:なんでしょう。
会長:こちらご覧ください。
広報:メンデルスゾーンの「紡ぎ唄」。Op.67 No.4ですね。
会長:そうです。昭和27年モノです。では、中を開いてご覧あそばせ。
広報:!!
会長:そうです。中身はなんと、エルメンライヒの「紡ぎ唄」なんですよー。
広報:うわーすごい。
会長:昭和も20年代のこのころは、まだ何かと混乱があったんでしょうねぇ。
広報:よく聞く曲ですね!これも。
でも・・・すみません・・・エルメンライヒ・・・誰ですか??
会長:エルメンライヒについても音友人名はちゃんと拾ってるよ!「ドイツの舞台俳優、作曲家・・・・オペラもあるが」、
広報:おお!
会長:「作品はピアノ小品の《つむぎ歌Spinerlied》op.14, No.4が知られているだけである」。
広報:出た!!「だけである」!!
会長:まただね!これさ、決まり文句だったのかな?サロン音楽作家のね。紋切り型みたいに「・・・知られているだけである」ってね(笑)。
広報:しかしですよ、そんな彼の唯一(?)知られた《つむぎ歌》がさ、大作曲家メンデルスゾーンに表紙を譲っちゃってるあたり、なんとも切ないというか・・・。この楽譜を使ってピアノを弾いてた団塊の世代には、今だにこの曲、メンデルスゾーンだと思ってる人いたりしてね。
会長:まぁね。でもさ、考えてみたら、大作曲家もそうじゃない人も、ごちゃまぜになっちゃうほど、純粋に曲に焦点あててピースは作られていたという感じもして、なんかそれはそれでいいよねぇ。面白いというか。
広報:大御所かそうじゃないか、みたいな濃淡が、当たり前にはハッキリしていない古き良き時代・・・みたいな。これも時代の一風景ですかねぇ。
やっぱりタイトルは面白い
会長:さて、ここでクイズです。
広報:は。
会長:現在、No.50「小さなさすらい人」として知られるランゲのこの作品ですが、以前はタイトルの翻訳が今とは違ってました。さて、どんなでしょう??
広報:どんな・・・って、ええ、そうですね。ピースを見ると、英語のタイトルは「THE LITTLE WANDERER」ってなってますね。Little、Wanderer、う?ん・・・なんでしょう?小さくて、さまよってる、そんな人を昔はなんと呼んだか。「小さなさすらい人」じゃだめなの?
会長:正解は、「幼き流浪者」。
広報:!!
会長:こちらが正解(?)の図。
広報:なんとっ!流浪者ですかっ!まだ幼いのに、流浪者なのっ?!かわいそうすぎるっ!
会長:ううむ。さすがに後からこの翻訳やりすぎなんじゃないかと考えたんですかね。それで「小さなさすらい人」に途中から替えたのかも。
広報:曲調はなんとも軽やかで、可愛らしいですしね。
「流浪」じゃないよね、これはあきらかに。「さすらい」っていうのも・・・もしかしたら微妙かも、ね。
会長:なんだろう。
広報:曲の感じからしたら、「みちくさ」とかそんな程度のフラフラっと感だよね。明るいし。
会長:広辞苑では、「さすらう」は、「【流離う】身を寄せるところがなくてさまよう。さまよいあるく。流浪する。」とありますね。
広報:身を寄せるところがないのっ?!やっぱりかわいそうじゃん!!そんな悲しい曲かい??これは。
会長:おっ!よく見ると、旧版は英語のタイトルが、複数形になっている!Wanderersだ。
広報:ええっ!!複数いるの?!身を寄せるところなき子供たちが沢山いるなんて、そんなっ!!・・・いや、しかし、曲は明るいから、やっぱりそんな暗い情景を歌った曲じゃないね、きっと。
会長:なんかこう、ちょっとした、そぞろ歩き、みたいなもんですかね。
広報:ですよね。道草くった、いたずらっ子ですよ、その程度ですよ、きっと。そう信じたい(笑)。
会長:嗚呼、なんだかこの話してると我々がワンダラーになりますね。
←クリック音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。