連載:第11回 楽譜の向こう側~春畑セロリさんインタビュー
2006年1月に発売された音楽之友社の標準版New Edition「ブルクミュラー 25の練習曲」の解説者、春畑セロリさんにお会いしてきました!去る2006年5月23日、場所はセロリさんの所属されるオフィス「トリゴ」上階のスペース
作曲家の立場から
春畑セロリさんといえば、「オヤツ探検隊」(ピティナ・ピアノステップの課題曲)などでもおなじみの作曲家。セロリさんのピアノ小品はどれも、垢抜けしたハーモニー、刺激的なリズム語法、歌う気持ちを大切にしようとさせてくれるものばかり。おシャレでポップな作品も多いセロリさんですが、過去にはなんと「25練習曲」のオーケストラによる伴奏の音楽データを作成されたり、ジャズ風アレンジものを出されるなど、新しいブルグミュラー作品像を提供されていたという経緯もあります。そんなセロリさんが今回「標準版」解説に携わることになったときは、ご本人も驚かれたそうです。
「お話をいただいた時には、作曲家としての読み込みを存分に行いたいと思いました。でも『これが新しい教育法!』といった大上段をかがけるのではなく、それでもきちんと、作品の美しさや楽しさを、感覚的な言葉だけではなくて、"裏付け"のようなものできちんと提示してみようと思いました。」
楽譜の解説部分には、一見したところ優しい語り口でありながら、鋭くユニークな文章があるほか、譜面を基調としたセロリさん風アイディアも満載です!たとえば・・・
「楽譜には見えていない隠されたスラー」(「素直」より)、
「絡み合い、層のようになっている」強弱変化(「お別れ」より)、
「微妙な音のグラデーション」が可能なペダリング(「天使たちの合唱」より)など、
独自の図形で複数のアイディアを提示をしてくれています。
「25×25を目指したかった。つまり一曲で提示したアイディアを25曲全てに応用してみてほしいのです。」
どこにも正解はない!
単純計算で625のアイディア。いえ、それ以上かもしれません。楽曲各ページの下部分には、セロリさんからの小さなクイズが。「7小節の左手のラが♭ラだったら?♭シだったら?感じはどうかわるかな?」などなど。
「正解はないんです。作曲家だって、弾くたび書くたびに曲に対して表現したいことが変わるのですから。正解はないけれど、いろいろな選択肢は作ってみたかった。いろんな提示をして、みんなにひっかかってほしかった。」
ずばり、この解説の読み手のターゲットはというと?
「ピアノの先生です。先生たちが生徒さんからいろいろな音楽を引き出してもらうためのアイディアを提供したくて。だから私は絶対に、指導の現場でキャリアのある先生と組みたいと願い、江崎光世先生にご協力いただきました。」
自由な発想に事欠かないセロリさん、教育者としてのメソッドに事欠かない江崎先生、お二人の強力なタッグを組むことによって誕生した解説は読み応え盛りだくさんです!ヒントを十分に得て、裏づけに支えられた自由な音楽をつくっていかれたら、「25練習曲」が一層楽しいものとなりますね。
ブルグミュラーは女好き?!
ご自身の作品は、まずタイトルから作られるというセロリさん。今回25曲のタイトル翻訳にもずいぶんとこだわられたのでは?
「フランス人の翻訳家3名に相談したりしました。フランス語の原題で気になったのはやはり、La ~という女性形が多いこと。これは後ろに形容詞が来ようと抽象的な名詞がこようと、人、しかも女性の姿が見えますよね。パリのブルグミュラー、ずいぶん女の人が好きだったのかもしれませんね(笑)」
「優雅な人」「スティリエンヌ」「おしゃべり娘」「貴婦人の乗馬」・・・これらには全て女性の影が。ちなみにセロリさんは「貴婦人の乗馬」については手塚治氏の漫画「リボンの騎士」のようなイメージをもたれているとのことです。
「お嬢様よりも毅然とした男装の麗人、そんなイメージでいくと、急に曲全体が生き生きと捉えられるような気がします。」
つながっているものすべて
言葉、イメージ、テクニック、音楽、アナリーゼ(=分析)、裏付け。今回のインタビューの中では、いくつものキーワードが飛び交いました。最後に、これらの「つながり」についてお話して下さいました。
「ある曲を弾くのに必要なテクニックは、その曲に必要な表現力を引き出すためで、その表現に気付くためにはアナリーゼが必要なんです。それらは、みんなつながっている。一緒にあるべきものをバラバラに学習しても身に付くわけはないんです。今回の解説を通して、私はこのつながりに対し、たくさんの提案をしてみたかったんです。私のこの気持ちに、この25練習曲は見事にこたえてくれました。曲やアレンジを世に出す以外に、私が初めて文字としてそれらの想いをまとめた作業が、少しでも形になっていたら嬉しいです!」
音楽も解説も、弾く人、読み込む人によって、いくとおりにも広がりゆくものなんですね。音と言葉の豊かな広がりを、「セロリ版ブルク」で体験できそうです。皆さんもセロリさんの「仕掛け」にどんどん「ひっかかって」みてはいかがでしょうか?新しい音楽像と出会うことができるかもしれません。
(ぶるぐ協会編)
作曲家。東京藝術大学作曲科卒。母が奏でるピアノの足につかまったまま眠ってしまう子供だった。4歳から楽譜を書きはじめる。初めての作品は「朝のさんぽ」。師匠は、バイエル代わりに目の前で譜面に音を紡ぎだしてくれた佐藤吉五郎先生。中学3年、長谷川良夫氏の指導のもとピアノから作曲へ転向。藝大付属高校時代以降、「まじでふまじめ」に画期的な音楽活動を展開。舞台・短編映画音楽、DTM制作、各種出版物の作編曲など。しなやかで熱い、心優しきクリエイター。
音楽ライター、翻訳家。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。ピティナ「みんなのブルグミュラー」連載中。