19世紀ピアニスト列伝

フランツ・リスト 第7回:サロン用の独創作品と幻想曲、彼の演奏

2016/09/30
フランツ・リスト
第7回:サロン用の独創作品と幻想曲、彼の演奏

 今回は、リストのピアノ作品と演奏が話題です。音楽院教授として、マルモンテルは、学校で教える和声や演奏の規則から大きく逸脱するリストの独自のスタイルに保留をつけていますが、それでも、「大芸術家」として、惜しみない讃辞を贈っています。最終段落では、マルモンテルが音楽院作曲科教授アレヴィのサロンでリストの演奏を聴いたときの、興味深い印象が綴られています。ピアノの大胆すぎる扱いに、マルモンテルは冷や汗をたらしたようです。

チェルニー ヴィーンでの演奏会(作者不詳、フランス国立図書館、Gallicaより)

 大練習曲に取り組むことのできるヴィルトゥオーソは殆どいない。とはいえ、非常にしっかりとした様式で書かれた美しい作品として、それらに言及しておこう。ヤエル夫人によってパリで演奏されたリスト作品の演奏会は、たいへんみごとな勢いと霊感あふれるページが示された。残念なことに、濃密な展開、聴き慣れない転調、過剰な響きがこの作品を損なっている。こうしたことがなければ、この作品は大芸術家の大胆さを示す堂々たる作品となることだろう。

 アルバム《ある旅人の印象》[S 156]1《半音階的ギャロップ》[S 216]《ブラヴーラ的大ワルツ》[S 209]《シューベルトに基づく奇想的ワルツ》[S 427]、ピアノ独奏用に編曲された《ロッシーニの[音楽の]夜会》[S 424]は、サロンのヴィルトゥオーソが演奏しうるものである。

 だが、[モーツァルトの]《ドン・ジョヴァンニ》[S 418]、[ベッリーニの]《夢遊病の女》[S 393, 627]、[アレヴィの]《ユダヤの女》[S 409a]、[マイアベーアの]《[悪魔]ロベール》[S 413]、パガニーニの《鐘》[S 420]、[マイアベーアの]《ユグノー教徒》[S 412]、[メンデルスゾーンの]《真夏の夜の夢》、[ドニゼッティの]《ランメルモールのルチア》《ルクレツィア・ボルジア》[S 400]、[ヴェルディの]《トロヴァトーレ》[S 433]《リゴレット》[S 434]に基づく幻想曲、アッシジの聖フランチェスコとパオラの聖フランチェスコの《伝説》[S 175]を効果的に練習し、きちんと演奏することができるのは、超絶的ヴィルトゥオーソ、しかも、非常に難しい技巧にも、あらゆる指の乖離にも、体力の消耗にもくじけないヴィルトゥーソのみである。[ヴァーグナーの]《タンホイザー》[序曲, S 422]の演奏会用パラフレーズ、《ローエングリン》の婚礼の合唱、[マイアベーアの]《アフリカの女》の祈りに基づくパラフレーズ[S 415]《預言者》[S 414]による挿絵イリュストラシオンもまた、同じ水準の難度に属しており、多大な効果を発揮し、大変華麗で巧みに書かれ、非常に創意工夫にとみ、力強い響きをもつピアノ作品だ。

 これらの幻想曲ファンテジー回想レミニッサンス、パラフレーズの総体を考慮に入れるなら、我々はリストを、あの創意工夫富むリズムの錯綜の中に身を置く驚異的な編曲家として、位置づけなければならない。だが、我々の考えだけを述べておくと、仕上がりの美点、単純さ、様式の高貴さは、理想へのあれほど強い衝動に満ちた知性の持ち主に期待されるべきだったものに、十分応えていない。リストの作品にあって、このヴィルトゥオーソはあまりに自己主張が強く、演奏家として大成功したがために、作曲家[としてのリスト]は、形式の単純さをおろそかにし、天才的なエネルギーの代わりに、エキセントリックなもの、 奇異ビザールなものを好んで追い求めた。これほど力強い才能を矮小化しようとするのは、私の意図するところではない!ただ、リストの演奏会と彼の作品が、つねに実直な芸術家たちにもたらした、神経質で複雑な印象を強調しておきたいだけなのだ。私はアレヴィが催したある夜会で、彼が演奏するのを聴きいた。そして、ハンガリーの大家は、例によって勝利を収めた。彼の眼差しは来場者を射すくめるようで、彼の前奏は少々長かったけれども、見事に歌われるフレーズ、甘美な繊細さ宿す走句を聴いていると、じっと魅力に捉えられるのが妨げられるということはなかった。それよりも、ただ惜しむべくは、乱暴な響きと、メソッドが排除している効果によって、恍惚から引っ張り出されてしまったことだ。私はピアニストではなく、ピアノに対して震えていた。瞬間々々、私は弦が切れ、ハンマーが砕け散るのを目の当たりにするのではないかと思っていたのだ。

  1. 正しいタイトルは《ある旅人のアルバム》である。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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