カール・チェルニー 第4回:どうやって作品を量産したのか?
多くの出版者の依頼を受けたチェルニーは、再び、いくつもの練習曲シリーズを書き始めた。それらは同じような難易度で書かれているが、かといって、過去の自作品をそのまま書き写すことはしなかった。これらのヴァリアントに創意工夫を認めつつも、我々は金儲け主義のやり方を称賛しているわけではない。この手法は、既に出版された作品に対して、同種の競合する出版物を市場にもたらす結果となった。リショー、ブランデュ、ルデュック各社は、三社揃って同じような難しさ――つまりメカニスム、敏捷さ、繊細ないし華麗なアクセント法――の練習曲の、主要コレクションを所有している。
チェルニーは、光栄にも、私に向上の練習曲と現代的様式の練習曲の2集を献呈してくれた。入念に書かれたこの作品は、いくつもの魅力的でまことに優雅な曲を含んでいる。チェルニーは、ゆっくり時間をかけるときには、いつも、優れた作品に見られる大いなる純粋さを筆に託す術を心得ていたし、現に、そうすることができたのだ。
だが、生来、過度に流暢に筆が走るということは、彼にとって暗礁でもあった。出版者のリショーが私にはっきりと語ったことだが、このヴィーンの作曲家の仕事机には、取り掛かった作品が常に複数置かれていて、彼は次から次へと飛び移り、一曲のソナタから一集の練習曲へと進み、[こうして]書いてしまったページには、インクを乾かす時間しか残しておかないのだった。この制作上の離れ業が、時に、着想の性質や形式の純粋性にひどい影響を及ぼしたということは、容易に理解されるだろう。あれほど即興的で、同時にとりとめのない作品が、霊感と組み合わせの論理1によって輝きを放つということはめったにない。もし、チェルニーの途方もない名声と半世紀以上に亘る教授経験の間に積み重ねられた仕事量が、いくらかの厳格さを伴うものであったなら、急いで仕上げられた作品の多くにおいて、彼をたいへん優れた弁護士と比較することもできただろう。そうした弁護士は、何時間も話通し、聴き手を幻惑こそすれ、感動させるには至らない――なぜなら、信念をもたず、耳を楽しませるためだけに話しているのだから。
この豊かな情熱が、チェルニーを支配し、音楽的着想を、事前に選別することなく、表面的な仕事だけを実行しつつ、気まぐれに変えるようという事態をもたらしたのであり、このことによって、ヴィーンの大家は、ピアニスト兼作曲家の中で、もっとも豊穣でありながら、もっとも不均質な存在となっている。
特別な練習曲集、いくらかのソナタ、交響曲の秀でたトランスクリプションは別として、チェルニーのピアノ作品は時代遅れで、早くも老朽化の徴候を示している。それは、大衆の嗜好を満足させるために書かれた無数の――大衆と同じく――はかなく移り気な編曲には、共通した運命である。長く残る作品が目指すものは、別のところにあるが、そうした作品は、もっとゆっくりと推敲されるものである。
過剰な産出者カール・チェルニーには、更に、ヨーゼフ・チェルニー――その作品は不正に彼の作品に混入された――という同名異人がおり、彼と同じくピアニスト、作曲家であり、その上に出版者でもあった。姓が似ており、ヴィーンの教師が有名になったのをよいことに、この凡庸な偽作者は、大した音楽的教養がないにも拘わらず、今度は自分が作曲に熱を上げ、チェルニー名義でかなり多くの幻想曲と編曲を出版した。これらは、倦むことを知らぬ作曲家の思い出から取り除くべき、不快な余剰物である。
- 組み合わせの論理(logique des combinaisons)は、西洋の多声音楽における"Ars conbinatoria(羅)"を念頭に置いている。音の可能な論理的組み合わせに基づいてテクスチュアを構築する手法で、モーツァルトの交響曲第41番(ジュピター)などにみられる。
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。