19世紀ピアニスト列伝

カール・チェルニー 第3回:高度な様式の作品の数々

2016/09/05
カール・チェルニー
第3回:高度な様式の作品の数々

 チェルニーが、単なる練習曲作家でなかったことは、既に、多くの人に知られるようになってきています。実際、厳格な書法のフーガやソナタには、今日のピアノのレパートリーとして聴かれてもおかしくないが多くあります。今回も、マルモンテルは、チェルニーの作品を多く挙げていますが、彼がいかに熱心にチェルニー作品を研究していたかが分かります。第1段落に挙げられる《練習用大ソナタ》作品268は、パリ音楽院でも定期試験でしばしば演奏されていました。

チェルニー

 表現様式上、真の美点を備えた作品の中では、なんといっても、とりわけ次の作品に言及しないわけにはいかない。《厳格様式の学校》1、《フーガ様式のカプリース》作品892《練習用大ソナタ》作品2683《新グラドゥス・アド・パルナッスム》作品8224《左手の学校》[作品399]――これらは見事な様式で書かれ、よく仕上げられた大練習曲である。ロンド形式によるトリルの練習曲[作品151]5は、大変よく出来た特殊な作品だ。《小協奏曲》第1、2、3番6、ベートーヴェンに献呈された《幻想曲》作品277、9つの大ソナタ作品713576576124143144145、オーケストラ付の協奏曲作品28、214。さらに記しておくべきは、ベートーヴェンの交響曲の見事な、よく出来たリダクション、ウォルター・スコットの小説から着想を得た4曲の連弾用大幻想曲[作品240243]、ショパンに献呈された8つのスケルツォ作品5558。ごく手短にカール・チェルニーのもっとも名高い作品をこうして枚挙してもなお、かなり多くの興味深い作品に光を当てることができないが、挙げる作品は限定し、選択せざるを得ない。
 フェティスは、チェルニーについて書いた記事の中で、次の作品を彼の功績として認めている。オーケストラ付きの24のミサ曲、4曲のレクイエム、300曲のグラドゥアーレまたはモテット、四重奏、五重奏、そして何曲かの交響曲までも――版が彫られず手稿のまま残った作品の総計は400に上ると考えられる。かてて加えて、オペラ、オラトリオ、交響曲、序曲の多数のピアノ用編曲、タールベルクの《歌の技法》9、レイハの対位法および作曲教程のドイツ語訳10を挙げることができる。長きに亘り、日に12時間のレッスンをしたこの教師が、暇な時間にこの仕事を充てたと考えたとしても、これは、ほとんど理解を超える、とてつもない仕事量である。

その上、いかなる教師といえども、純粋に教育的な見地から、これほど多くの特殊な練習曲を書いた者はいない――大小の敏捷さの練習曲、《指をほぐす技法》11、左手のための大小の練習曲、《装飾の学校》[作品355]、《厳格様式の学校》、《新グラドゥス・アド・パルナッスム》、トリル、半音階、三度、等々のための練習曲。チェルニーが出版したものとして、何千もの初級、段階的、中級、上級の練習曲を数えることができる。彼の《日々の訓練課題集》[作品337]12、《ヴィルトゥオーゾの学校》[作品363]13、古今のあらゆる大家の作品から引用された運指番号付パッセージ練習課題集は、走句の武器庫を成している。彼の特別なソナタ、数々の煌びやかなアレグロは、演奏における最も難しい要素をまとめており、60年に及ぶ教授経験がもたらす比類なき熟練と確かな手腕でもって、あらゆる観点から研究し尽くされた、あのメカニスムの流派を完成させている。

  1. Carl Czerny, Étude de l'exécution des fugues et des compositions dans le style sévère contenant 12 préludes et 12 fugues op. 400, Paris, Richault, 117 p.
  2. Idem, Capriccio à la fugue op. 89, Vienne, Cappi, n. d., 9 p. フランス版は出版が確認できず。
  3. Idem, Grande sonate d’étude op. 268, Paris, Richault, ca 1834, 41 p.
  4. Idem, Nouveau Gradus ad parnassum, collection de grands exercices de tout genre dans le style élégant et sévère pour piano op. 822, 2 vol., Paris, Richault, 1854, 113 ; 112 p.
  5. Idem, Grand exercice de trilles en forme de rondeau brillant op. 151, Paris, Richault, ca 1825, 21 p.
  6. 作品210と650。訳者が調べた限りでは、小協奏曲はこの2作のみ。うち作品210はフランスで出版された。Idem, Concertino pour le piano-forte avec accompagnement d'orchestre (ad libitum) op. 210, Paris, S. Pleyel, 1830, 20 p.
  7. Idem, Fantaisie, Vienne, S.A. Steiner & Co., 25 p.
  8. マルモンテルは作品556としているが、正しくは555。この作品は、ウジェール社がマルモンテルの協力を得て出版した『ピアノの現代的古典』というシリーズの一つとして出版された。Idem, 8 Scherzi composé pour le piano op. 555, Paris, A. Meissonnier et J.-L. Heugel, 1857.
  9. 原注:チェルニーは、S. タールベルクの歌の技法の前半12曲(第1, 第2シリーズ)の2手および4手用の傑出した簡易版を作成した。後半12曲(第3, 第4シリーズ)は、G.ビゼーによって2手および4手用に簡易版が作られた。ビゼーは、彼もまた、大家の傑作の数々を編曲する技術に長けていた。訳注:チェルニーによる簡易版の書誌情報は右の通り。Idem, L'Art du chant appliqué au piano par S. Thalberg.... Edition simplifiée, mise à la partie de tous les pianistes, par Ch. Czerny, étude préparatoire à la grande édition d'artiste de S. Thalberg, Paris, Heugel, 1856.
  10. Antonin Reicha, Compositionslehre, Carl Czerny (éd.), 4 vol., Vienne, Anton Diabelli, 1832.
  11. Carl Czerny, L'Art de délier les doigts, 50 études de perfectionnement op. 699 en 2 livres, Paris, M. Schlesinger, 1844.
  12. Idem, Exercice journalier composé expressément pour obtenir une brillante exécution, atteindre et conserver le plus haut degré de perfection sur le piano en 40 études, avec le doigté et les répétitions prescrites op. 337, édition revue et soigneusement corrigée, Paris, Prilipp, ca 1840, 38 p.
  13. Idem, L'École du virtuose, études de bravoure et d'exécution pour le piano op. 365, 3 vol., Paris, J. Frey, n.d.

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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