カール・チェルニー 第2回:驚異の産出力:学習者向けの作品と教材
ピアノと種々の楽器のために書かれた幻想曲、ソナタ、協奏曲、ロンド、変奏曲、連弾、協奏的作品を含むチェルニーの作品数は、とてつもない数に上る。その数、およそ千百。さらに、相当数の作品が、書類ケースにある。だが、この驚くべき自在な作曲能力――チェルニーはこれをしばしば濫用した――のために、このヴィーンの教師の相当数の作品は、正確さという点から見るなら、見事な数多くの練習曲集であれほど名高い教師であれば、期待されて当然の価値を、十全に有しているわけではない。反対に、彼の練習曲集は、完璧な趣味に基づいて書かれており、生徒たちは、創意工夫に富み、多様かつ華麗な走句の定型と、すばらしい練習に出会うことができる。
とは言いながらも、初心者のための易しい、気晴らしや愉しみのための小品の中でも、シモン・リショーが出版したソナチネ、ロンド(作品491、722、2073、2314、1045、1636、1677、3138)に注目しておこう。リショー社の出版カタログには、完全な目録が載っているし、私の『便覧』9では、これら多数の作品の中から選曲した一覧を掲載している。これらの曲は、全てが独自性という観点から素晴らしいというわけではないが、よく手に馴染み、多くは丁寧に運指が記されている。やや難しめのレベルでは、大成功を収めた変奏曲 作品1410、優雅なロンド《優しさ》作品29611、優雅なロンド 作品322と32312、ヨーロッパの異なる国の音楽的感情による華麗で性格的な[1]2曲のロンド13、作品181~192。更に、ドイツの主題による作品9と[ロッシーニのオペラ]《ツェルミーラ》によるカヴァティーナと小ロンド、作品21と2214。
作品74915と75016は易しく、段階的で華麗な練習曲集で、いまでも推奨に値する。そして、《敏捷さの練習曲集》作品29917と《新しい敏捷さの学校》作品83418、《指をほぐす技法》作品69919、[演奏技術の]向上と様式の練習曲作品75520、75621、《現代的な演奏の学校》作品83722もまた、素晴らしい作品である。左手のための小練習曲に関して、これらは大規模な練習曲に見られる美点からは程遠く、急いで書かれた作品である。大変易しい、段階的な、また難しい多くの練習課題集も忘れずに記しておこう。作品77723、13924、45325、59926、人気の《日々の練習課題集》作品33727、《ヴィルトゥオーソの学校》作品36328、アクセント付けとニュアンス付け[の練習]に適した定型楽句とメカニスムをまとめた2冊の華麗な走句集、そして最後に、古今の大家の作品――しかも、彼らの様式を特徴づけている楽曲――から選ばれた、運指番号付きのパッセージ集4巻29。
3部からなるチェルニーの大教程30は、これを読めば、なぜこの教師がドイツであれほど名高く、フランスでこれほど人気のあるのか、分かるような著作である。著者は、この教程で、自身の長い教育経験、つまり14歳から始まり、70歳まで続いた経験を、数多の実例、そして貴重な助言の中に凝縮させている。
- Carl Czerny, Deux sonatines op.49. パリでの出版は確認できない。
- Idem, Rondo mignon op. 72. 同前。
- Idem, Rondo brilliant op. 207. 同前。
- Idem, Trois rondos mignons et brilliants op. 231. 同前。
- Idem, Trois sonatines faciles et brilliantes op. 104. 同前。
- Idem, 6 sonates pour le piano forte op. 163, Paris, Richault, s.d., 35 p.
- Idem, Sonate pour le piano forte op. 167, Paris, Richault, s.d., 11 p.
- Idem, Deux sonatines faciles op. 313. パリでの出版は確認できない。
- マルモンテルが1876年に出版した教材目録『ピアノ教授の便覧――古今の大家[(または教師)]から選んだ最良のメソッド、練習曲、作品のグレード別、体系的カタログ』。Antoine-François Marmontel, Vade Mecum du professeur de piano : catalogue gradué et raisonné des meilleures méthodes, études et œuvres choisies des maîtres anciens et contemporains, Paris, Heugel, 1876, II-187 p.
- Idem, Variations brillantes op. 14.
- 作品290の誤記。Idem, Die Sanftmut, rondo op. 296. パリでの出版は確認できない。
- 作品322に関しては、変ロ長調のロンドであること以外、詳細不明。同じく変ロ長調の作品323のタイトルは次の通り。L’Allegresse - rondeau op. 322.
- 作品181~192は、様々な国の旋律を用いて作曲された12曲のロンドである。マルモンテルは2曲と書いているが、12曲の誤記。
- 作品21が、カヴァティーナに基づく変奏曲で、作品22がロンド。
- Carl Czerny, Le Progrès, 25 études pour le piano ou introduction à celles de J. B. Cramer op. 749, 2 vol., op. 753, Paris, M. Schlesinger, ca 1844.
- Idem, Musée de la jeunesse pianiste, 8 morceaux faciles et brillans, pour des élèves avancés, composés pour piano sur des motifs originaux op.750, Paris, S. Richault, 1845.
- Idem, Étude de la vélocité pour le piano ou 30 exercices calculés pour développer l'égalité des doigts op. 299, Paris, Heugel, 1842, 59 p.
- Idem, Nouvelle école de vélocité pour piano op. 834, Paris, Alph. Leduc, 1854, 80 p.
- Idem, L'Art de délier les doigts, 50 études de perfectionnement op. 699 en 2 livres, Paris, M. Schlesinger, 1844.
- Idem, Le Perfectionnement, 25 études caractéristiques pour le piano op. 755, Paris, M. Schlésinger, 1845, 65 p.
- Idem, Cent-dix exercices faciles et progressifs pour le piano op. 453, 4 vol., Paris, E. Troupenas et Cie, s. d.
- Idem, Étude d'exécution moderne du piano formant un supplément à la nouvelle école de vélocité, op. 837, Paris, A. Leduc, 1854, 84 p.
- Idem, Les cinq doigts, 24 exercices très faciles sur 5 notes op. 777, Paris, E. Troupenas & Cie, 1846, 19 p.
- Idem, Exercices (Cent) pour piano forte doigtés et très gradués pour les commençans op. 139, 4 vol., Paris, Richault, s.d.
- Idem,
- Idem, Le Premier maître du piano, 100 études journalières à l'usage des jeunes élèves, op. 599, 4 vol., Paris, M. Schlesinger, 1840.
- Idem, Exercice journalier composé expressément pour obtenir une brillante exécution, atteindre et conserver le plus haut degré de perfection sur le piano en 40 études, avec le doigté et les répétitions prescrites op. 337, édition revue et soigneusement corrigée, Paris, Prilipp, ca 1840, 38 p.
- Idem, L'École du virtuose, études de bravoure et d'exécution pour le piano op. 365, 3 vol., Paris, J. Frey, n.d.
- Idem, Études des études, encyclopédie des passages brillants pour le piano, extraits des œuvres des pianistes les plus célèbres, Paris, Schlesinger, 1843.
- Idem, Méthode complète ou école du piano, op. 500, Paris, S. Richault, ca 1838, 3 vol., 185, 151, 79 p.
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。