19世紀ピアニスト列伝

アレクサンドル・ゴリア 第4回: 作品概観

2016/08/25
アレクサンドル・ゴリア
第4回:作品概観

今回は、ゴリアの作品を概観します。1823年生まれのゴリアには、1810年代に誕生したショパンリストタールベルクアルカンプリュダンラヴィーナといった先輩たちがいたので、彼は、先輩たちの示した道から逸れることなく、創作を行いました。そのため、マルモンテルから見ても、革新的なピアノ音楽への創意という点においては、先輩たちにはやや劣るように見えたようです。しかし、その中にも、「独自性がはっきりと刻印された」作品を認め、ゴリアの美点をしっかりと見極めています。

アレクサンドル・ゴリア

 現代のオペラから採られたモチーフを用いてゴリアが書いた数多くの編曲、ファンタジー、トランスクリプションは、相当な数に上る。このことは、この作曲家のたいへんな速筆と、彼の名声のほどを示している。彼の名は、商業的価値を持っていたのだ。新しいオペラが登場するたびに、出版者たちは、華麗な音楽を好む人々が好む芸術家に、演奏会用、サロン用の幻想曲を急いで注文した。販売上の必要から、性急に骨組みが作られたこれらのピアノ小品は、ほとんど即興的のものだが、正確に書かれている。というのも、ゴリアは和声の勉強をしっかりとしていたからだ。しかし、編曲の手腕や使用されるモチーフの数々が適切に選ばれていること、それらが多様性に富むことを称賛しつつも、表現様式という観点からは、厳格な保留を付けておかねばならない。このヴィルトゥオーソは、第一に、選択された、つまり与えられたモチーフを見せびらかすことに執心し、[モチーフの]推移や結合があまりにあからさまである。どの走句も、ヴァリアントも、指にはよくはまるが、着想と構想に独創性が欠如している。

 ゴリアが、友でありライヴァルでもあったタールベルクプリュダンに倣っているのは明かだ。しかし、彼の演奏会用・サロン用の作品は、ゴリアが見本とした二人の大家がもつ表現様式の美点もなければ、巧みな創意工夫もない。我々は、それでも、賛意を表しつつ、まだ決して時代遅れにはなっていないサロンの幻想曲を以下に挙げる。《イタリア座の想い出》1《ベリザリオ》2《トロヴァトーレ》3《メアリー・スチュアート》4《セミラーミデ》5《プロエルメルのパルドン祭》6《モンテネグロの人々》7《クレルクの草原》8にもとづくファンタジー、《ルクレツィア・ボルジア》9の見事なフィナーレ。

 大衆受けしたゴリアの初期作品には、次のものがある。変ホ長調の練習曲 第1番10、第2番11は魅力的な小品ブリュエットで、タールベルクの流儀を摸倣している。それから、多くの小品、数々のワルツ、夢想曲レヴリー、一曲の、左手のための演奏会用セレナード、多数のサロン用練習曲。これらの優雅な中級程度の作品を、ゴリアは類まれな完璧さと、目を見張る活気をもって演奏した。これらの作品は、むりに厳しい練習をせず効果をねらい、成功を収めたい、極めて多くの愛好家に受け入れられた。

 [ロッシーニ《ウィリアム・テル》から抜粋された]〈暗い森〉12、[ドニゼッティ《愛の妙薬》から抜粋された]〈人知れぬ涙〉13、シューベルトの《乙女の嘆き》14、《糸を紡ぐグレートヒェン》15のトランスクリプションは完全な成功を収めた。さらに、16世紀の舞踏曲《パヴァーヌ》の変奏トランスクリプションも記しておこう。ゴリアはまた、現代的流派の趣味の主流に即して、一定数の性格的小品や風俗画風の小品を書いている。記憶を頼りに、以下の作品を引用しておこう。見事なカプリース《アレグレッツァ》16、《期待》17、《友情》18、《平安》19、《さらば》20は表情豊かで、美しい感情あふれる曲である。ヴィッラネッル、サルタレッロ21、《無駄話》22、《狩》23、ムーア風シャンソン24は、いっそう軽いが、独自性がはっきりと刻印されており、模倣しようという先入観にとらわれていない。これらの愛らしい作品の多くでは、青春の才気が煌いており、本物の霊感が幸福感とともにはっきりと現れている。ゴリアが残したピアノ作品を駆け足で列挙しているが、その中でも、とりわけ次のタイトルで出版された、様式とメカニスムの一連の練習曲を挙げておかなければならない。それは、《現代のピアニスト》作品7225である。更に、賞賛の意をこめて、《6つの大練習曲》作品6326を挙げておこう。これは、音楽院の学習委員会によって採用されたものである。

 もし、我々の親愛なる、亡き同僚に、いつでもこのような作品を書く時間があったなら、現代的流派の権威ある教師の名前のように、彼の名もまた、教育界で知られていたことだろう。私が上に挙げた練習曲集の中でも、次のタイトルを挙げておこう。〈村の踊り〉[op.70-2, ル・クーペに献呈]、〈イディール〉[op.70-4, マルモンテルに献呈]、〈チェルケス風行進曲〉[op.70-6, ルフェビュル=ヴェリーに献呈]、〈トッカータ〉[op.72-4]、〈アルペッジョ〉[op.72-6]、そして〈春の日〉[op.63-1, マサール夫人に献呈]、〈試合〉[op.63-2, アンリ・エルツに献呈]、〈逃走〉[op.63-6, マルモンテルに献呈]。これらの詩的な 綺想的楽曲カプリースにおいて、この輝かしいピアニストは、極上の霊感を受けた作曲家の高みに達している。

  1. イタリア座の想い出》(Souvenir du Théâtre-Italien)は、次の幻想曲を指す。édouard Goria, Fantaisie brillante sur des motifs de V. Bellini op. 22, Paris, Chabal, 1846, 15 p.
  2. Idem, Fantaisie de Concert pour piano sur Belisario de Donizetti, Paris, J. Meissonnier, 1847, 15 p.
  3. Idem,Souvenir d'Il Trovatore, de Verdi, fantaisie de concert pour piano op. 79, Paris, L. Escudier, 1856, 15 p.
  4. Idem,Les Adieux de Marie Stuart de Niedermeyer, caprice étude de concert pour piano, Paris,Chabal, 1850, 12 p.
  5. Idem,Fantaisie brillante sur Semiramide de Ghuck[?] pour piano op. 42, Paris, Colombier, 1848, 18 p. タイトルにある作曲者名は誤記で、実際にはロッシーニのオペラである。
  6. Idem,Fantaisie dramatique sur le Pardon de Ploërmel, de Meyerbeer pour piano op. 95, Paris, Brandus et Dufour, 1859, 13 p.
  7. Idem,Fantaisie brillante Sur les Monténégrins, opéra de A. Limnander, pour piano op. 49, Paris, J. Meissonnier, 1849, 15 p.
  8. Idem,Souvenir du Pré aux Clercs, de F. Hérold, fantaisie caprice pour piano op. 73, Paris, Brandus et Dufour, 1854, 13 p.
  9. Idem,Final de Lucrezia Borgia de G. Donizetti, varié pour piano op. 64, Paris, Heugel, 1852, 17 p.
  10. Idem, Étude de concert en mi bémol op. 7, Paris, Aubert, 1845, 5 p.
  11. Idem, Deuxième étude de concert op. 8, Paris, Chabal, 1844, 10 p. 師ヅィメルマンに献呈。
  12. Idem, Sombres forêts, romance de Guillaume Tell de Rossini, transcrite pour piano, op. 87, Paris, Brandus, Dufour, 1857, 11 p.
  13. Idem, Nocturne de soirée sur Una furtiva lagrima, de Donizetti, pour piano op. 34, Paris, Chabal, 1860, 9 p.
  14. Idem, Marguerite au Roulet, deuxième, mélodie de Fr. Schubert, transcrite et variée pour piano op. 82, Paris, Heugel, 1857, 11 p.
  15. Idem, Les plaintes de la jeune fille, mélodie de Fr. Schubert, transcrite et variée pour piano, Paris, J. Meissonnier Fils, 1846.
  16. Idem, Allegrezza, caprice étude de concert, op. 66, Paris, Heugel, 1853, 7 p.
  17. Idem, Attente, Nocturne caracteristique, Paris, Chabal, n. d.
  18. Idem, Amitié, 2me caprice-nocturne op. 92, Paris, Chabal, 1858, 9 p.
  19. Idem, Le Calme, 3e nocturne caractéristique op. 11, Paris, Chabal, 1845, 9 p.
  20. Idem, L'Addio, 5e nocturne de concert pour piano, op. 5, Paris, Chabal, 1849, 9 p.
  21. Idem, Saltarelle, 6e étude de salon pour piano op. 23, Paris, Chabal, 1846, 10 p.
  22. Idem, Sorrente, napolitaine pour piano, op. 69, Paris, Heugel, 1853, 11 p.
  23. Idem, La Chasse, caprice de concert pour piano op. 48, Paris, Colombier, 1849, 11 p.
  24. Idem, Chanson mauresque, pour piano seul, op. 67, Paris, Heugel, 1853, 15 p.
  25. Idem, Le Pianiste moderne, études de style et de mécanisme op. 70 et 72, Paris, Heugel et Cie, 1854.
  26. Idem, 6 grandes études artistiques de style et de mécanisme, Paris, Heugel et Cie, 1851.

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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