カミーユ・スタマティ 第1回:才能を育てる環境と天賦の才
―才能を育てる環境と天賦の才
ギリシャ系フランス人、カミーユ・スタマティ(1811~1870)は、もう一人のカミーユ、サン=サーンスの幼少期の師であることで名前が今日に伝わっていますが、その情景的詩情を湛えた作品は殆ど知られていません。『PTNAピアノ曲事典』ではこれまでにスタマティの幾つかの作品を録音してきました。
ピアニズムの観点から見れば、カルクブレンナーの弟子でもあるスタマティは、クレメンティ、カルクブレンナーの教えをサン=サーンスに伝えた重要な伝統の結節点に位置しています。第1回の今回は、「芸術家にとっての環境と天性の関係」という一般論から始まり、スタマティが天性の音楽家だったこと、そして、スタマティを育んだ両親についての記述(第3段落)が続きます。
環境(ミリュー)、教育、偶然が、あらゆる芸術家の生まれもった才能の種(たね)に影響を及ぼすということそれ自体に疑いの余地がない。練習や教育指導も、ときには十分に考慮に入れねばならぬ重要な部分ではある。しかし、若き才能の発達にとって望ましいこうした状況はいずれも、特殊な体質の著しい特徴である内なる素質や心に根ざす天性に取って代わることはない。
こうしたえり抜かれた性質の持ち主にとって、進歩の法則は内的で抗いがたく、しばしば無意識的な力の中に見出されるが、この力は彼らの知らない内に発動し、彼らに個性的な道を選ばせ、彼ら独自の筋道を拓いてくれる。その一方で、彼らよりも低い等級の性質の持ち主は[内面とは]関係のないところからくる衝動に従っているくせに、自分ではその衝動を免れていると思い込んでいる。芸術には仕事によって獲得される職業的な面があるにせよ、必然的に、専ら内的な霊感の側面は存在するのである。人は実践家になりこそすれ、芸術家として生まれるのだ。
独創性、気品、表現、完成、改良しうる美点といったものは、何より生まれ持った質なのである。パリ音楽院というこのすばらしい音楽師範学校は、あらゆる学問と教師の献身を持ってしても、芸術家を「工場生産」することができていない。我々教師は、すでに恵み与えられた気質に磨きをかけ、真の音楽家を約束するための十分に洗練された組織を育んでいるものの、しかし芸術家を生み出してはいない。多くのヴィルトゥオーソと作曲家の発展に寄与してきた我がフランスの偉大な学校は、その一人をも創造していないのであり、彼らの多くは[音楽院]の手助けなしで成長したのだ。天性こそが、その経歴の初期からその手助けを下支えしたのである。
カミーユ・スタマティはこうした芸術家に属している。彼の場合、その天性は音楽芸術の傑作を聴くことのほかは、外部から何の助けも得ることなくおのずから開花したといえる。スタマティの父はその名が示すようにギリシャ出身で、フランス人に帰化し、チヴィタ=ヴェッキナでフランスの地方行政官に任命された。将来のヴィルトゥオーゾの母は穏やかで、まれに見る高貴な女性であった。彼女はイタリア、フランス、ドイツの大作曲家の音楽を非常に巧みに歌った。ハイドン、モーツァルト、グルック、チマローザ、ピッチンニ、ニコロ、グレトリ、ボイエルデュ、メユールは彼女が好んで演奏した作曲家である。若きスタマティの音楽的趣味はこうしたカンティレーナを頻繁に聴くことから幸福な感化を受け、美しい音楽を特別に愛する心が優美で繊細な彼の気質に宿った。
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。