19世紀ピアニスト列伝

フンメル 第3回 作品概観─「古典」に列せられた器楽作曲家

2014/11/25
作品概観─「古典」に列せられた器楽作曲家

今回ご紹介する4段落は、著者マルモンテルによる作曲家フンメルの評価をジャンルごとに語った部分です。マルモンテルはとくにフンメルの器楽作品(協奏曲、室内楽、ピアノ独奏曲)に大きな価値を認める一方で、オペラやジングシュピールなどの劇場作品やミサ曲などの宗教曲はあまり高く評価していません。現在ではYouTubeなどでもフンメルの室内楽、宗教作品やオペラの抜粋を聞くことができます。ピアノ曲の録音が未だ少ないのは残念ですがそれは『ピティナ・ピアノ曲事典』の今後の仕事としたいところです。

フンメル

ハイドンケルビーニフンメルに対して大いに好意を寄せていた。彼らの激励と賛意はこの雄々しき音楽家にしてみれば劇場、教会でのたいへん多岐にわたる仕事をこの上なく甘美に報いるものだったし、演奏会用音楽と室内楽の作曲家としてもまたそうだった。モーツァルトケルビーニの二人の影響に関して、彼の初期作品にいくらかその痕跡を再び見出すことができるが、この血統は円熟期の諸作品において次第に打ち消されていく。というのも、フンメルは自身の傑出した教師たちの伝統に結びつきながらも、ピアノの改良によってすでに示された別の道を探求したからであった。彼は鍵盤の最大限の音域のなかで音色、響きを変容させ、全音階的な定型はあまり用いず、いっそう多様な走句の旋律線にいっそう緻密でしっかりとした骨組みを与えた。

室内楽作品には重要性と高い価値が認められる。弦楽のための三重奏曲3作、ピアノ、ヴァイオリン、ギター、クラリネット、ファゴットのための大セレナード2作、ピアノと弦楽器のための五重奏、ピアノとオーケストラのための協奏曲6作(そのうち4作、イ短調、ロ短調、変イ長調、ホ長調は古典となった様式の模範である)、ピアノとオーケストラのためのロンド、主題変奏、ピアノとヴァイオリンのための多数の協奏的ソナタ、作品番号付きのピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重奏曲3作、4手のソナタ3作、多数の幻想曲―とくに作品18はたいへん美しい様式の作品である―、卓越した練習曲、いかなるピアニストも無視してはならないピアノ独奏用ソナタ(作品1320、36、81106)。作品13と81はベートーヴェンのもっとも見事なソナタと比較しうる真の傑作である。

さらにファランクによって出版された練習曲と大部のメソッドを上げておこう。私は後者のシャルル10世への献辞付きのものを一冊所有している。この著作は私がかつて和声を師事したイェーレンスペルジェールが翻訳したもので、メカニスムの貴重な定型集である。無限に多様な指の組み合わせは、練習にくじけない忍耐強い生徒に創意工夫に富んだ指使いのすばらしい範例を示してくれる。だが、知識を得るためにたいへん有用なこの作品は、通常の、絶対的な意味での段階的なメソッドといよりも、むしろ走句の武器庫である。

認識しておくべきことといえば、フンメルが室内楽、協奏曲、七重奏曲、三重奏曲、ソナタ、幻想曲の作曲家の間で第一線に位置するにせよ、彼の劇場および宗教音楽の作曲家のなかではもっぱら良い線を行く音楽家に過ぎなかったということだ。性格で上品な書き手、多大な才能のある作曲家で自身の芸術のあらゆる秘訣を知り尽くしており、彼の劇場作品と教会作品は必要な様式を備えてはいるが、情熱と勢いを欠いている。フンメルはオペラ的な大いなる構想の才を持ち合わせておらず、彼の音楽的霊感が劇場・宗教的な崇高さへと高められることはあり得なかった。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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