ファランク夫人 第1回
今日から「ファランク夫人」の第一回目です。本翻訳連載『著名なピアニストたち』のなかに登場する三名の女性の二人目です(一人目は「プレイエル夫人」を参照)。19世紀、作曲家として女性が身を立てることは大変に困難な時代でした。ファランク婦人は有能なピアニストであると同時に交響曲作曲家でもあり、時代の逆風にもかかわらず厳格な作品と古典音楽への深い造詣で人々を唸らせました。今回紹介する最初のテクストは、新しい潮流に決して迎合しない保守主義者への批評と賛辞が入り混じったマルモンテルの印象が述べられます。
確信に満ち溢れ、自身の芸術、わけてもその過去を信奉し、諸原理と手を相携え、伝統的な教義から離れることを拒み、何者にも妨げられない不動の教え、揺るぎない意識に支えられた芸術家たち―彼らには幾らか偏狭な面があり、同時代の大きな動きの中での孤立し必然的な不毛に陥るのにもかかわらず、あらゆる点で尊敬に値する一派をなしている。ファランク夫人は、大家たちの歩んだ道を決して離れようとはせず、彼らが採用し教えた名高い法則から自らを解き放つことのない、排他的なあの信仰の礼拝堂に身を寄せていた。
新しさを愛する心、未知なるものへの熱狂は、堅固な信仰心、いわば閉ざされた信心をもつこれらの人々には何ら影響を及ぼすことはなく、純粋な芸術の絶対的諸原理から隔たった全ての人を異端者のごとく拒絶した。
冒頭で述べたように、この一派に偏狭な側面があるにせよ、そこには興味深く教育的なところもある。我々は、義務を果たす、つまり寛大な心の人、善良な同僚への恩返しになると信じている。広告と表面的でいかさま的な学習がはびこるこの時代に、その人生が慎ましく労の多い人生が一つの教訓でありつづけるような、そんな傑出した芸術家にこれらの想い出のページを捧げながら。
この好感あふれるオマージュは、この芸術家の多才な美点によって十分に裏付けられる。彼女のエネルギッシュな意志、たゆまぬ忍耐強い研究のおかげで、彼女以前にはいかなる女性も同じレベルでは持ち得なかった音楽的知識をわが物とした。芸術を心と精神の純粋な喜びのために、つまり芸術それ自体のために愛したこれらの美しい気質、栄誉と富に対する凡俗な不安を抱えつつも、美への愛以外は動機をもたず、理想の征服へと勇み歩むあの美しい気質に敬意を表さなければならない。
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。