19世紀ピアニスト列伝

ダニエル・シュタイベルト 最終回 シュタイベルトの作品概観

2014/08/04
ダニエル・シュタイベルト
ダニエル・シュタイベルト(1765~1823)
シュタイベルトの作品概観

今回はシュタイベルトの最終回。強烈な着想力は膨大な数の作品を生み出しました。発想の独特で、2つのオーケストラを従えたピアノのための《軍隊風大協奏曲》や合唱付きバッカナール風のロンドを入れたピアノ協奏曲などはタイトルからして一度聴いてみたいと思わせるものです。しかし、気まぐれな人生、生活態度は作品にも良からぬ影響を与えました。作品の質は一定せず、ジャンルによってかなり評価が分かれます。それでも、彼のいくつかのソナタ、協奏曲は19世紀の後半になってもなお再版され、人々に知られていました。

勉学と省察、健全な読書によって力を付け、家族、道徳、真の芸術的感情の純粋な源泉へと拡がるエネルギーと活力を鍛え直していれば、シュタイベルトは長く残る作品を産み出し、正当に賞賛される名前を残したことだろう。とりとめのない彼の人生は、極めて豊かな音楽の天与の才能をその種(たね)の中で危うくし、窒息させてしまった。シュタイベルトの作品については、現在、いくつかのソナタ、『嵐』と題された有名な協奏曲1、いくらかの幻想曲と主題変奏曲が残っているばかりである。オペラとバレエ、残りの全ての曲は忘れられ、伝記作家たちだけが知るところとなっている。

ピアノ作品は相当な数があり、それほどなおざりにされているわけではない。単に音楽的趣味が変わったというだけではなく―これは理解しておく必要があるが―シュタイベルトは資金が切れると自身の名声など全く気にせず大急ぎで夥しい数の編曲、ポプリ、変奏形式の幻想曲、バガテル、バッカナールを書いたが、これらはソナタや協奏曲を書いたこの作曲家に似つかわしくない音楽である。

シュタイベルトの作品一覧は46曲のソナタを含んでいるが、その大半は失われ、プレートも溶かされてしまった。現在も残っている稀少な作品から、次のものを挙げよう。『絶望に沈む恋人』2、作品23、37、41、643、ピアノとオーケストラの為の7つの協奏曲4。協奏曲の中では『嵐』と軍隊協奏曲が最もよく知られている。これらの作品には大変豊かな想像力と非常に際立った個性を示す幻想と情熱が認められるが、常に秩序と繋がりを欠いており、このことは頻繁に生じる[同じパッセージの]反復とうんざりするほどの長さによって確認される。全ての欠点は、この作曲家の不十分な教育に帰されるべきものであり、彼は論理的に一つの着想を展開し適切に締めくくる技法を知らなかったのだ。

さらにピアノと弦楽器の為の2つの五重奏曲5、一曲の[ピアノ]三重奏曲、6つの弦楽四重奏、ピアノとヴァオリンの為の多数のソナタ、2つのピアノとハープの為の二重奏曲、ピアノ独奏のための3つのディヴェルティスマン、7つのロンド、20のポプリ。最後に挙げたこれらの作品[ポプリ]は古い時代の音楽に属するもので、今日ではモザイクや流行のオペラのアリアに基づく寄せ集め的な描画に相当するものである。既に長くなったこのリストに、更にピアノとバスクの太鼓の為の6つのバッカナール集、オペラの主題に基づく40の幻想曲、50の練習曲6、前奏曲7、多数のエール・ヴァリエ、構想と執筆には尚も改善の余地が多々ある一冊のメソッド8を加えよう。

我々が手元に置いているシュタイベルトの肖像画は、総裁政府時代のものだ。この肖像画はこの時代の「美」を示している。正確な横顔、細やかで整った輪郭、まっすぐでほっそりとした鼻、小さな口、豊かな髪。モスリンのネクタイのゆったりとした折り目に縁どられ、ジャボ[フリル状の胸飾り]のレースで強調されたガラ風9の人物である。こうした特徴が、霊感の時には天才に達したが、初歩的な学習、継続的な訓練、規則正しい人生の不在によって損ねられ、人間としては生活の実際的感覚を欠き、音楽家としては多いなる芸術の道徳的感覚を欠いていたヴィルトゥオーゾたるこの作曲家の身体的特徴である。

  1. 『嵐』と題された有名な協奏曲:協奏曲第3番ホ長調、1799年刊。
  2. 『絶望に沈む恋人』L'Amante Disperato op. 4-2
  3. 作品23(ト短調)、作品37(《3つのソナタ》、ハ長調、イ長調、変ホ長調)、作品41(変ロ長調)、作品64(《大ソナタ》ト長調)
  4. 出版されたのは7作品だが、実際には8つの協奏曲が確認されている。第1番 ハ長調 (1796);第2番 ホ短調. (ca 1796); 第3番 ホ長調〈嵐〉op.33 (1799); 第4番 変ホ長調 (ca 1800);第5番 変ホ長調〈狩り風に〉;第6番 ト短調op.64 (1802) 〈モン・サン=ベルナールへの旅〉(ca 1816); 第7番 ホ短調 〈ギリシア人のジャンルの軍隊風大協奏曲〉(2つのオーケストラのための) (c1816) ;第8番 変ホ長調、合唱付きバッカナール風ロンドつき, (1820, 未刊)
  5. 作品28。実際には3作ある。
  6. 《50の練習曲》作品78。
  7. 《6つの大前奏曲または練習課題》作品8(1793), 《3つのカプリースまたは前奏曲》作品24(1795)等。
  8. 『ピアノ教程またはピアノ教授法』Méthode de piano ou l'art d'enseigner cet instrument, Paris, Imbault, 1806~1811.
  9. ガラPierre-Jean Garat (1764-1823)はフランスで活躍した著名なバリトン歌手で、彼の独特の身なりが流行となり「ガラ風ネクタイ」などよばれ19世紀初頭の服飾に影響を与えた。

上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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