ルイス=モロー・ゴットシャルク 最終回 : 「尽きない魅力と個性」を湛える作品群
ゴットシャルクの章もいよいよ最終回。ヨーロッパ、北米、南米、中米を駆け巡り多忙な生涯を送りながらも100以上の作品をのこし、いずれにおいても決して手を抜かなかったゴットシャルク。新世界の俗謡、ラグタイムに通じる生き生きとしたシンコペーションのリズム、ヨーロッパ風の瞑想的な作品。多種多様なピアノ作品を書いたゴットシャルクの作品を、著者マルモンテルが思いつくままに挙げ感想を述べた最後の段落です。
《バンブーラ》1、《バンジョー》2、《コロンビア》3、《ガッリーナ》4は国民歌風の性格をもつ。だがゴットシャルクは、次の夜想的なエレジーにおいていっそう自由で、完全な詩人の姿を見せている。《オシアン》5、《過ぎし時の反映》6、《最後の希望》7、《リコルダーティ》8、《ため息》9、子守唄10。易しく感動的で情熱的な音符は、芸術家の魂が横溢する心の無垢なる詩の中で繊細に響く。《哀歌》11、《風の囁き》12、《枯葉が落ちる》13、《恍惚》14、《最後の愛》15─これらはいずれも尽きない魅力と個性の大いなる特徴を具えている。ゴットシャルクはカプリースとダンスのエールにも秀で、これらにおいて、恐らく彼はいっそう完全に彼自身である。自由な曲の運びとリズム、先入観が全くない新鮮な霊感によって、これらサロン用および演奏会用の作品は繊細に彫琢され、巧みに照らし出された切子面をもつ貴石のように、玉虫色に輝く。想い出として、次の作品も挙げておこう。《きらめき》16、《いたずらな妖精》17、《泉の精》18、《踊り》19、《鳩》20、《愛の春》21、《風刺》22、《クレオールの瞳》23。これらこそ、甘美なピアノ作品であり、そこではわざとらしさは狙われず常に霊感が見出され、作曲家は豊富に自身の想像力と青春の熱気を振りまいている。次の作品も我々の大に愛するものである。《アラゴンのホタ》24に基づくカプリース、《牧人と騎手》25、《ギタニッラ》26、《ポーランド》27、《家庭の魅力》28、《トレモロ》29、《幸福の追想》30─これらは旋律的で独奏的で、上品な和声、創意溢れ輝かしい走る句を備えた燦然と輝く作品だ。
この急ぎ足の一覧に次の作品を加えよう。夜の大行進曲《至上の栄光》31、大行進曲《[プエルト・リコの想い出]─ギバロスの行進曲》32、大行進曲《ユニオン》33、英雄的カプリース《開放の叫び》34―これらの価値ある作品はいずれも豊穣な想像力と作曲家の才能の柔軟さをはっきりと示している。
ゴットシャルクの作品においては扱われる主題の多様性、様式の独創性が欠如したものは一つもない。彼はつまり、作曲家としてもヴィルトゥオーゾとしても現代芸術の偉大な大家たちが占める場所のすぐ隣りに位置づけられる価値があるのだ。彼の非常に際立った個性は彼と同時代を生きた人々に記憶に消し難い想い出を残し、彼を評価した全ての人々は、彼に崇敬にも似た愛情のこもった優しさを持ち続けた。旧友の一人だった私が、彼に好意的な賞賛を込めたこの最後の思い出を彼に捧げるというのは、私の心にしみるものだ。
《ギタネッラ》作品35、マインツ、ショット社(1861)。ショパンの旧友ジュール・フォンタナに献呈。 | 《至上の栄光》作品29、ニューヨーク、ウィリアム・ホール・アンド・サン社(1858) |
《プエルト・リコの想い出─ギバロスの行進曲》、マインツ、ショット社(1860) | 《悲哀的カプリース》作品56、 マインツ、ショット社(1870) |
- 《バンブーラ》: L.M. Gottshalk, Bamboula. Danse des nègres. Fantaisie pour piano op. 2, Paris, s.n., 1849.
- 《バンジョー》: Idem. Le banjo, esquisse américaine, op.15, William Hall & Son, New York, 1855. バンジョーには第2番もある(Second Banjo op.82, Boston, Ditson, 1873. 第一番の方が先に出版され、第二番は遺作として出版された。)
- 《コロンビア》: Idem, Colombia, Caprice américaine op.34, New York, Firth & Pond, 1860.
- 《ガッリーナ(めんどり)》: Idem. La gallina, danse cubaine op.53, New York, William Hall & Son, 1865.
- 《オシアン》: Idem, Ossian, 2 ballades pour piano op. 4, Paris, Bureau central de musique, 1850.
- 《過ぎし時の反映》: Idem, Reflets du passé, rêverie op.28, New York, William Hall & Son, 1857.
- 《最後の希望》: The Last Hope, méditation religieuse, op.16, New York, William Hall & Son, 1854.
- 《憧れ》: Idem, Ricordati, nocturne, méditation, op.26, 1856, New York, William Hall & Son, 1857.
- 《ため息》: Idem, Sospiro, valse poétique, op.24, 1855, New York, William Hall & Son, 1857.
- 《子守唄》: Idem, Berseuse, New York, William Hall & Son, 1863.
- 《哀歌Chant élégiaque》は恐らく《悲哀的カプリースCaprice élégiaque》作品56の誤り。 Idem, Caprice élégiaque,op.56, Mainz, B. Schott's Söhne, 1870.
- 《風の囁き》: Idem, Murmures éoliens, op.46, New York, William Hall & Son, 1862.
- 《枯葉が落ちる》: Idem, La chute des feuilles, Mélodie de N. R. Espadero de la Havane, nocturne, op.42, New York, s.n., 1860.
- 《恍惚》: Idem, L'Extase, pensée poétique pour le piano op. 61, Paris, L. Escudier, 1870. 同じ作品番号に《葬送行進曲》があるが、これは後に作品64として改訂された。
- 《最後の愛》: Idem, Dernier amour, étude de concert op. 62, Paris, Léon Escudier, 1871. マインツでは1870年に作品63として出された。
- 《きらめき》: Idem, L'étincelle, mazurka sentimentale, op.20, New York, Firth, Pond & Co, 1854.
- 《いたずらな妖精》:この作品は国によって様々なタイトルで出版された。フィラデルフィア初版では《森の湿地のポルカ》: Idem, Forest Glade Polka, polka brillante, op.25, Philadelphia, J.E. Gould, 1853.
- 《泉の精》: Idem,La naïade, polka de salon, op.27, Philadelphia, J. E. Gould, 1853.
- 《踊り》: Idem,Danza, pour le piano composée à Porto-Rico op. 31, Paris, L. Escudier, 1860.
- 《鳩》: Idem, La colombe, petite polka, op.49, NewYork, William Hall & Son, 1864.
- 《愛の春》: Idem, Printemps d'amour, mazurka, caprice de concert, op.40, New York, William Hall & Son, 1860.
- 《風刺》: Idem, Pasquinade, caprice, op.59, Mayance, Schott, 1870.
- 《クレオールの瞳》: Idem, Les yeux créoles, danse cubaine, caprice brillant, contradanza, op. 37, William Hall & Son, New York, 1860.
- 《アラゴンのホタ》: Idem, La jota aragonesa, caprice espagnol op.14, New York, William Hall & Son, 1855. 10台のピアノのための交響曲El sitio de Zaragozaからの抜粋。
- 《牧人と騎手》: Idem, Bergère et cavalier, op.32, New York, 1862.
- 《ギタネッラ》: Idem, La gitanella, caprice caractéristique, op.35, Paris, Escudier, 1861.
- 《ポーランド》: Idem, Polonia, grande caprice de concert, op.35, 1861. マインツでは op.43として1862年に出版。
- 《ホーム・スイート・ホーム》: Idem, Charme du foyer, caprice, op.51, New York, William Hall & Son, 1864.
- 《トレモロ》: Idem, Tremolo, grande étude de concert, op.58, Rio de Janeiro, Narciso y Napoleão, 1869.
- 《幸福の追想》: Fantôme de bonheur, caprice pour le piano op. 36, Paris, L. Escudier, 1861.
- 《至上の栄光》: Idem, Apothéose, grande marche solennelle, op.29, New York, William Hall & Son, 1858.
- 《プエルト・リコの想い出─ギバロスの行進曲》: Idem, Souvenir de Porto Rico ― Marche des Gibaros, op.31, Mainz, B. Schott's Söhne,1860.
- 《ユニオン》: Idem, Union, paraphrase de concert on the national airs Star Spangled Banner, Yankee Doodle, and Hail Columbia, op.48, NewYork, William Hall & Son, 1863.
- 《開放の叫び》: Idem, Le cri de délivrance, caprice héroïque, grand caprice de concert, op.55, 1864, Chicago, Root & Cady, 1865.
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。