19世紀ピアニスト列伝

ステファン・ヘラー 最終回:芸術に心を捧げた教養人・教師としてのヘラー

2013/02/14
芸術に心を捧げた教養人・教師としてのヘラー
ヘラー

今日はマルモンテル『著名なピアニストたち』の第3章、「ステファン・ヘラー」のの最終回です。マルモンテルの音楽家の列伝は、どの章もほとんどが人物の顔の描写で終わっています。『著名なピアニストたち』の副題は、そういえば「シルエットとメダイヨン」でした。シルエットは人物の輪郭、メダイヨンは小型の肖像がはいった楕円形のアクセサリー、いわゆるロケットのこと。文字通り肖像を描くように説明しているというわけです。

さて、最後の数段落は芸術を愛する無欲な教師としてのヘラー像、人間関係を大切にする優れた人格について書かれています。そして、最後に人相の描写。

ヘラーのレッスンは美を見極められる愛好家と彼の作品のきわめて大きな美点を正当に評価する芸術家たちの間で大変に人気があった。その上、彼のたいへん独創的な作品には、演奏となると作曲者ヘラーだけにしかはっきりと指摘し詳述することの出来ないくらかの個別的な側面がいくらかあった。更に、ヘラーは自身の作品を望ましい感情に即して理解し演奏することの出来る生徒しか取らなかった。彼は教育に関して金銭欲も物欲も持たなかった。無味乾燥で時に報われさえしない教師課業を遠ざけながら、彼は自身を賞賛してやまない人々に貴重な助言を与える機会を失ってしまうだろう。だが、新しい数々の創作は、芸術に多くの実りをもたらした。まさにこれが無私無欲で富を求めず静かに作曲家の道に邁進することを望んだステファン・ヘラーの考え方にいっそう相応しい成果である。

ステファン・ヘラーは非常に豊かな記憶を備えた教養人である。この繊細で優雅な才人は芸術上のあらゆる問題に関心を持ち、文学界のことに関しては知らぬことはなかった。ヘラーがくつろいだ調子で話し、心の底から笑いを誘うほどに打ち解けてくるや、彼の会話は人は魅力的で上質な機知に富んだものとなる。ヘラーの非常に孤独な人生は、仕事と読書の中に過ぎていった。彼の物腰は丁寧だが、慎ましやかなものだった。若い芸術家を喜んで迎え入れ、友には忘れえぬ真心を持って接した。流行や大衆の気まぐれが味方している芸術家について、ヘラーが厳しく、また苦々しく語っているところを私は見たことがない。真の謙虚さーそれは彼の資質から感情を排除するものではないーを備えたヘラーは根拠ある賛辞を受け取ることには満足するが、つまらない平凡な賞賛は彼にとって侮辱に等しい反感であり当惑の種であった。

この芸術家、作曲家ヘラーをざっと描写してみよう。いくらかの線があれば、この人物を描くのに十分事足りる。気品ある輪郭、規則正しい線、幅のあるがっしりとした線。禿げ上がった頭、ほっそりとした鼻、好意を湛えて微笑んだ口。際立った目、深い眼差しはしばしば瞼の下に隠れ、夢想的でメランコリックな微光の中に霞む。そこには時折、仄かに嘲笑的な光が射す。年月を経てふさふさした絹のような髪は銀色に変じた。それはいくつもの時代の大きな発展をふくみ込むものだ。

こうした人物がステファン・ヘラーである。時代の名士、音楽の詩情においてはショパンの兄弟、そして着想の性質、表現と細部まで手の込んだ学識の点で交響曲の大家たち、メンデルスゾーン、そしてシューマンの近い親戚であるヘラー

参考音源
小曲集《子供の情景》から第5番 演奏:林川崇

最後にご紹介する音源はシューマンの同名の曲集タイトルに想を得た小曲集
子供の情景》から第5番。
優しい眼差し、家庭的なぬくもりを湛えた一曲です。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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