19世紀ピアニスト列伝

F.ショパン 最終回:風に舞う霊感

2013/01/10
風に舞う霊感

今日ご紹介するのはマルモンテル『著名なピアニストたち』の第一章、「F. ショパン」を締めくくる最後の2段落です。後半の段落は少しわかりにくいので解説を加えます。

マルモンテルにとって、霊感は着想の発見をもたらす一種の天賦の才能です。マルモンテルは他の著書で、これが個々の音楽家に先験的に備わっている属性だと考えます。一方で、未だ形のない、ぼんやりとした着想に現実的な「かたち」を与えるのが音符を書き留め、形式を整える作曲という段階です。「着想、霊感に[・・・]外観を与えて磨き上げる」とは、まさにこの作曲という行為をさしています。これは訓練によって鍛えられる後天的な属性です。これを踏まえると、つまりはこういうことです。「ショパンの着想は高揚したり沈滞したり不安定だが、それでも最良の着想と卓抜な作曲の才能が相まって、ショパンの天才は発揮される」。

芸術家の仲間内で、筆者はしばしば室内楽作曲家としてのショパンの作品分類についてのデリケートな問題を討議した。彼の様式の重要性と現実的な影響については全く異論の余地はない。だが、このヴィルトゥオーゾに対する賞賛という点で一致している我々も、彼の作品の音楽的な価値となると立場がものの見事に分かれる。多くの芸術家には表現豊かで独創的な作曲家。幾人もの芸術家の間では優雅で優美、「魅惑の」作曲家、貧しい精神の持ち主にはエキセントリックで不可解な作曲家。ショパンは真面目な意味で、我らの時代が生んだもっとも議論を呼ぶ作曲家であり続けるだろう。

私はショパンを、最初のひと羽ばたきで無上の高みへと自らを運んでしまうように力強く飛翔する鷲と比較したくはない。彼にはそのような勇猛果敢なところもなければ無鉄砲なところもなかった。ショパンの霊感は時に舞い上がるが、結局は再び地に墜ちて砕け散る。彼の霊感はむらなく、自由で何者にも囚われることなく飛翔することはない。この飛翔だけが、醇乎たる境地での飛翔を支えるのだが。しかし天才とは、芸術の領域で未知の諸形式を発見することにのみその本質があるのではない。天才の本質は、この貴金属、凡人には見つけることのできない鉱物、すなわち着想・霊感に、ごつごつした、あるいは澄み切った外観を与えて磨き上げることにもあるのだ。

まさにこの意味で、ショパンは天才的な作曲家であり、短い詩節で語る詩人であり、小さな幅で絵を描く偉大な画家なのである。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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