第17回 タイ演奏旅行記(三)
会場のドイツ文化センター
ゲーテインスティトゥート
図書館に楽譜を寄贈(楽譜はプリズム社の協賛)
タイ人兄弟ピアニストのご自宅で
タイ人兄弟ピアニストのご自宅で
11日夜には、タイ人兄弟ピアニストのご両親が私たちにお声がけ下さり、思いがけなくもご自宅へご招待にあずかりました。バンコク近郊の広壮な邸宅に、グランドピアノ2台とアップライトピアノ数台を所有されており、少年たちは恵まれた環境で勉学にピアノに励んでいます。この夜、私たちは彼らと演奏の交流をすることができ、忘れられない思い出となりました。私たちは本番の曲をいくつか披露し、兄弟は練習中のソロを何曲か弾いたあと、最後に兄弟の4手連弾により、ワレリー・ガヴリーリン (Valery Gavrilin, 1939-99) の「タランテラ」(Tarantella for piano 4 hands)を弾いて聴かせてくれました。それまでラヴェル「トッカータ」(組曲「クープランの墓」第6曲)など大変な難曲を真剣に弾いていた少年も、連弾ではすっかりリラックスした表情に変わり、二歳下の元気な弟と仲良く並んでピアノに向かっています。兄弟らしい息の合ったアップテンポの連弾はともかく面白く、その場が大きな笑いの渦に包まれました。現代ロシアの作曲家ガヴリーリンの連弾曲はパンチのきいた大変ユニークなもので、日本の学習者の皆さんにも広くお勧めしたいと思います。
そして、本番当日。
コンサート会場のタイ国ドイツ文化センター (Thai German Cultural Foundation Auditorium) は、バンコク中心部のルンピニー公園近くに位置し、東京上野の旧東京音楽学校奏楽堂を思わせるたたずまいを見せています。世界各国の音楽家による演奏会が連日開かれ、地元タイの人々はもとより、バンコク在住の欧米人や日本人など外国人の音楽ファンも頻繁に足を運んでいるホールです。スタインウェイとベーゼンドルファーの2台のグランドピアノを備えており、今回の私たちのコンサートの開催が可能となりました。ドイツ文化センターに隣接するゲーテ・インスティテュート (Goethe Institute) は、泰独文化交流の拠点としてドイツ語講座の開講やドイツ文化関連情報の収集・発信を行っている研究機関で、周囲一帯がバンコクの喧騒から離れた文教地区となっています。なお、ゲーテ・インスティテュートの図書館には、私たちが解説や校訂を担当したラフマニノフとチェルニーの楽譜を寄贈させて頂きました。
開演30分前の午後7時30分、開場。ロビーではプロモーターのCharasirisobhon氏の奥様が受付を担当してくださいました。なにしろ、私たちにとっては初めての外国でのコンサートです。どのような方々がいらっしゃるのか見当もつきませんでしたが、ふたを開けてみれば、タイ人、西洋人、そして日本人の方が続々とご来場されるではありませんか。お客様は総勢で60人ほどだったでしょうか。比較的小規模のこのホールには過不足のない人数です。多くは、現地大手英字新聞Bangkok Post紙を筆頭に、多くの媒体に掲載された予告記事をご覧になってお越しになった方々であったようです。前日には邦人向け「バンコク経済新聞」にも記事が掲載されました。なお、現地音楽事務所は、縁故やノルマに頼ったり招待券を乱発するなどのいびつな集客は行わないという方針であり、これは私たちが日本でこれまで心がけてきた方向性とも合致し、好感が持てました。当日お客様に配布されるプログラムも、事前に特に打ち合わせていなかったにもかかわらず、作曲家紹介つきの8ページの冊子(PDF)をきちんとご準備下さっていたことにも感激しました。
午後8時、開演。プロモーターのMongkol Chayasirisobhon氏が招聘元事務所 D & M Music Studioの代表者として流暢な英語で開演の挨拶を述べられ、私たちは拍手でステージに迎えられました。今回のコンサートのテーマは<ヨーロッパと日本の2台ピアノ作品>。なるべく多くの時代、多くの国の多様な2台ピアノの名作に接して頂けるように選曲をしたものです。コンサートは、チェルニー「2台のピアノのための速度練習曲(40番練習曲)作品299b」からの抜粋で始まります。第一ピアノの譜めくりをしていた当方マネージャーによると、チェルニーを弾き終わると同時に会場のあちらこちらから、ささやき交わすような感嘆の声が聞こえてきたとのこと。この時点でマネージャーは、今回のコンサートの成功を確信したのだそうです。
オープニングのチェルニーのあとは、ラフマニノフ「前奏曲嬰ハ短調(鐘)」(作曲者編曲2台ピアノ版)、グレチャニノフ「行列」、モーツァルト「ラルゲットとアレグロ」を演奏。短い小休止をはさんで、ライネッケ「アンダンテと変奏曲」、サン=サーンス「アラブ奇想曲」、インファンテ「スペインの音楽」、タンスマン「カーニバル組曲」を続けて演奏しました。ヨーロッパから中近東までを駆け巡るようなおもむきで、2台ピアノのよりぬきの名作を並べました。いずれも私たちにとってなじみの深い曲ばかりで、初めて聴く人にも充分に親しんで頂けたことと思います。ヨーロッパ音楽の部はここで終わりとなり、10分間の休憩が入りました。休憩中には、目の不自由なタイ人女性が付き添いの方に手を引かれてステージに近づき、熱心にピアノに触れて楽器の形を確かめているのが印象的でした。(文:グループPCC)
<タイ演奏旅行記(四)に続く>