第16回 タイ演奏旅行記(ニ)
ご招聘のお話を承諾したその日から、タイへの渡航のための準備が始まりました。航空券の手配を始め、ポスター用の写真撮影、演奏する曲の選別・プログラミングなど、やるべきことは山のようにあります。その準備に追われながらも、当方マネージャーと現地プロモーターとの間で、事務上の諸連絡が続けられるわけですが、なにぶんにもお互いに電子メールだけのやりとりです。確認と再確認が幾度となく繰り返されたことは言うまでもありません。渡航間近になって先方のネットワーク上に不具合が生じ、冷やりとさせられるようなこともありました。幸いにも事なきを得たものの、ネットワーク時代であればこそ、足元をしっかりと固めて慎重の上にも慎重を期して事にあたらなくてはなりません。また、時期的に中国の旧正月と重なり、飛行機のチケットをなかなか取ることができないという事態にも直面しましたが、旅行会社の方のご尽力でどうにかこれを打開でき、2月10日早朝成田出発の航空券をようやく手にすることが出来ました。
2月12日(金)の本番に備え、10日(水)は移動日、11日(木)は予備日となりました。寒さの緩んだ2月10日早朝に成田を発って機中の人となった私たちは、途中、厳寒の中国・北京首都国際空港を経由して、夕刻にバンコク・スワンナプーム国際空港に到着。この時期は聞きしにまさる繁忙期で、入国手続には長い時間を要しました。プロモーターのMongkol Charasirisobhon氏は、直接空港に出向かれ、私たちを暖かくお迎え下さいました。お会いして早々、氏がつぎつぎに挙げられる日本人音楽家の名前の多さに驚きながら、移動に費やした長い一日を無事に終えたことでした。
翌11日(木)は予備日と言いながらも、午前はコンサートのための練習を念入りに行い、午後はゆっくりとバンコク市内観光をした充実した一日となりました。Charasirisobhon氏から事前にお知らせ頂いていたこととはいえ、氏の行き届いたご配慮にあらためて感謝の念を深くしました。氏のおかげで、バンコク滞在中に不便な思いをするようなことは全くなく、タイ料理も含めて、食事も毎食、美味しく頂くことができたのは本当に幸いなことであったと思います。
私たちがコンサートの事前練習に使わせて頂いた音楽教室のレッスン室及びピアノ室が大変素晴らしいものであったので、ご紹介しておきましょう。私たちが滞在したホテルからも、コンサート会場のドイツ文化センターからもほど近い閑静な住宅街にその音楽教室DEMUS (Dalcroze Eurhythmics and Music Studio) はあります。ダルクローズ式リトミックは日本でも広く取り入れられており、ご存知の方も多いと思いますが、バンコクのこの教室でも3歳半以上の子供たちが4~6人のダルクローズ・メソッドによるグループレッスンを受けています。
教室の正面玄関を入るとすぐに、サロンコンサートを開くこともできる広さの板張り、瀟洒な内装のレッスン室が一つ。この部屋にはグランドピアノ(スタインウェイ)が1台置いてあります。合奏練習に先立って、一人でこの部屋のピアノでじっくりと個人練習をさせて頂きましたが、閑静な住宅街の中、いかにも南国らしい庭園のエキゾチックな植物を横目に眺めながらの練習は格別のものがありました。この部屋とは別に、奥に行くと、数人の集合レッスンを行うことのできるピアノ室があります。この部屋には、グランドピアノ2台と電子ピアノ(クラビノーバ)が4台並んでいます。ここは板張りでなくフェルトの床で、ここも快適に空調が入り、清潔な空間の中で練習に集中することができます。
また、DEMUS音楽教室の入口に貼られていた2009年のクリスマスコンサートの写真も私たちの目を惹きました。このコンサートでは、ピアノソロはごくごく少数。ほとんどが、生徒さん同士、先生と生徒さん、兄弟、姉妹、親子など、さまざまの組み合わせで、ピアノ4手連弾と6手合奏の演奏を楽しんでいる様子を写した写真でした。日本では、連弾の比重が大きい発表会や、オール連弾の発表会などはそれほど一般的でないのではないでしょうか。この音楽教室を主宰されているのはアメリカとイギリスの音楽大学で学ばれた方で、レッスンに日常的にピアノ連弾、2台ピアノを取り入れ、生徒さんたちも大いにピアノデュオを楽しんでいる様子です。
私たちはつねづね「ピアノ連弾、2台ピアノは珍しいジャンルではなく、世界中の人が広く日常的に楽しんでいる」と申し上げているのですが、「世界中」というのがまさに字義通り、日本や欧米だけでなくタイのような東南アジアの国も含まれていることが今回あらためてよくわかった次第です。DEMUS音楽教室のピアノ室の書棚には、ショスタコーヴィチ「2台のピアノのための組曲」(作品6)などの日本版の楽譜、ミヨー「スカラムーシュ」、グレインジャー「ガーシュウィンの"ポギーとベス"による幻想曲」といった欧米のピアノデュオの楽譜が多く並べられています。譜面をめくりやすいようにとリング製本されたものも目に付き、いずれにせよ2台ピアノをかなり頻繁に演奏している様子が伝わってきます。音楽教室の主宰の方はご不在でしたが、次にお会いする時には是非ともレッスンでのピアノデュオの取り込みなどについて率直なお話を伺いたいと思っております。(文:グループPCC)
<タイ演奏旅行記(三)に続く>