ピアノ連弾 2台ピアノの世界

第07回 ピュイグ=ロジェ先生から私たちが学ぶこと(下)

2009/10/20

ピュイグ=ロジェ先生のピアノ演奏には、現在もLPやCDで接することができます。その演奏は、流れるように自然でありながら、作曲者と楽曲への深い理解・共感と、長年の経験で培われた確かな解釈が盛り込まれています。いかなるときでも、磨き抜かれた多彩なタッチ、千変万化する美しい音色にあふれ、性急なテンポに走ることがありません。フォーレの名手として知られるジェルメーヌ・ティッサン=ヴァランタンと組んで1963年に録音したフォーレ「ドリー組曲」は暖かな音色と洒脱な表情が素晴らしいものです。また、先生がフランス国営放送で1970年代に録音したシャルル・トゥルヌミールのピアノ独奏曲と室内楽曲の演奏では、静けさと壮大さの支配するこの名匠の滋味に富む音楽世界を余すところなく表現し、偉大な師に寄せるピュイグ=ロジェ先生の深い敬愛の念が随所にあふれてしみじみと胸に迫ります。日本滞在中にも、重要な録音をいくつも残されています。レイナルド・アーン「ほどけたリボン」全曲(共演:高野 耀子さん、河本 喜介さん)、イワン・ヴィシネグラツキー「四分音システムの2台ピアノのための24の前奏曲」・同「アンテグラシオン」(共演:藤井 一興さん)、フランス・イタリア・スペイン・ポルトガルのバロック音楽の珠玉の小品、掌編を集めたピアノソロによる「ピュイグ=ロジェの音楽紀行」など、いずれも充実した内容をそなえ、ピアノに携わる人ならば誰もが繰り返し聴き込んでおきたいものばかりです。

ピュイグ=ロジェ先生が楽曲の解説文を執筆されるときには、つねに美しい詩的な言葉を使って豊かなイマジネーションを喚起させる書き方をされています。それは、日本でしばしば見かける紋切り型の読みづらい解説文、例えば、既存の事典や専門書に載っている知見の引き写しと羅列に終始し、読み手には結局どんな曲かさっぱり伝わらない代物などとは対極に位置するものといえるでしょう。また、先生は「作品を聴くというのは、聴きながら満たされる感情に自分を委ねる、ということなのです」と明言され、特に、一般の聴き手に対して専門知識・衒学的分析・研究成果を押し付けることを厳に慎まれていたように思われます。例えば、フォーレドビュッシーのピアノソロ曲を集めたLP「フランス ピアノ音楽のエスプリ」の解説の中で「私の望むことは、これらが教訓的に聴かれないことである。私は美学の講義をしようとしているのではない。これらは、気に入った写真を、すなわち捉えようとした生活の一瞬を最もよく表す写真をアルバムに集めるようにして選ばれた音楽作品なのである」「私の人生をかくも豊かにしたこれらの作品を前にして、たんなる分析者であることは、私にはできないのである」と述べています。また、前述した「ピュイグ=ロジェの音楽紀行」では「私は、これらの作品を、人の心を楽しませる花束を作る為に、気品に満ち、美しく、良い香りのする野の花を摘むように、集めたのです。この録音には、教育的なねらいも、歴史的な意図も、音楽学に関する意図もありません」との書き出しで解説文を説き起こされています。

私たちが演奏者の立場でピュイグ=ロジェ先生のこれらの著述の行間を読めば、次のように理解できるのではないでしょうか。すなわち、演奏者は、自ら選び取った楽曲の歴史的背景を知り、構造を分析し、困難な箇所を克服することはもとより、それを自らの演奏を通して他人に伝える以上は、楽曲をいったん自分の中に入れて完全に咀嚼し血肉とした後、なおも楽曲に具わる香り高き普遍的な芸術性をこそ聴き手に届けるべきではないか・・・と。昨今、本来ならば学会の場で発表すべき専門的な研究成果を直接一般の聴き手に強要するコンサート、あるいは、ただ「知られざる作曲家」の「珍しい曲」を「発掘した」からという単純な理由で内容の吟味もなく特定の作曲家に光を当てたコンサートや、作曲家や楽曲への個人的な思い入れを私小説のように縷々(るる)述べ連ねたプログラムを配布するコンサートをしばしば目にします。こうしたコンサートで私たちが感じる違和感とは、結局のところ、主催者側が、コンサートを研究発表・収穫展示・体験吐露の場と履き違えていることによって生ずるものなのでしょう。いずれにせよ、ピュイグ=ロジェ先生の言葉を借りて言えば、コンサートとはあくまでも、聴き手の皆さまが「満たされる感情に自分を委ねる」ことが出来る場とすることが第一義であることを、演奏に携わる全ての人間はあらためて銘記しておくべきでしょう。

私たちは、「フランス音楽をめぐる旅」以後も、2004年1月のコンサート「雲のない日の子守歌――レイナルド・アーンの世界」、2004年4月のコンサート「アルデンヌの山羊と狼――シャルル・ケクランフローラン・シュミット」で、ピュイグ=ロジェ先生と関わりの深い三人の作曲家をあらためて取り上げました。また、私たちは、ジェルメーヌ・タイユフェールジョルジュ・ミゴ、アンリ・ソーゲの2台ピアノ作品を演奏しましたが、これらの作曲家とピュイグ=ロジェ先生との間に親しい交友関係があったことを後になって知って驚いたものです。さらに、私たちが2台ピアノ作品を取り上げたシャルル=マリー・ヴィドール、アンドレ・メサジェガブリエル・ピエルネアンリ・デュパルク、ダニエル=ルシュール、ジャン・フランセなどの作曲家とは、先生は同時代人として種々の関わりを持たれており、日本でもこれらの作曲家のオルガン曲、室内楽曲、歌曲を演奏しています。また、先生が日本に紹介された作曲家のうちフランソワ・クープランアントニオ・ソレルレオン・ボエルマンカール・ライネッケセザール・キュイといった作曲家は、いずれも重要な2台ピアノ作品を残していることから私たちにとっても特別の存在となっています。今後も私たちは、先生の示された指針に折にふれ立ち返り、一つでも多くの楽曲を皆さまに紹介して参りたいと思っております。


動画
FLORENT SCHMITT "SUR CINQ NOTES" OP. 34 V : FARANDOLE
KOECHLIN "SUITE POUE SEUX PIANOS" OP. 6 -2 PIANOS-

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