第03回 タンスマンのピアノデュオ作品(上)
私たちは、2003年4月、2003年8月、2004年4月の三回にわたり、タンスマンのピアノ作品によるコンサートを開催しました。コンサートでは、タンスマンのピアノソロ・1台4手連弾・2台ピアノ作品を取り上げるとともに、タンスマンの義理の父にあたるフランスの作曲家ジャン・クラのピアノソロ・6手合奏用の作品も演奏しました。
アレクサンドル・タンスマン(Alexandre Tansman, 1897-1986)は、ポーランドのウッチ出身。青年期以降はパリを拠点として長く活躍しました。あらゆるジャンルに数多くの名作を書き残していますが、特に、「カバティーナ組曲」を始めとするギター曲は一般にも広く親しまれています。タンスマンは、20世紀保守派の作曲家としては世界の十指に入る大家の一人に数えられ、その音楽に対してはかねてより高い評価が寄せられてきました。ポーランドで隔年開催される国際タンスマン・コンクールには日本人も参加しています。また、最近ではイギリスの大手レーベル・シャンドス社から交響曲全曲のレコーディングが進行中で、管弦楽・室内楽・器楽曲でも各種ディスクのリリースが活発になされています。
タンスマンはピアノの名手でもあったことから、ピアノソロ・4手連弾・2台ピアノのために多数の作品を書いています。伝統的書法から前衛的手法までを駆使し、民謡やジャズの要素も自在に盛り込まれ、あらゆる規模・種類の作品が揃っていることも特筆すべきでしょう。私の手元にあるマックス・エシック社刊「タンスマン作品カタログ」(Catalogue de l'oeuvre d'Alexandre TANSMAN, Editions MAX ESCHIG, 1995)に基づき、ピティナのピアノ曲事典を更新して頂きました。是非ご参照下さい。私たちが3回のコンサートで取り上げることの出来た作品は、タンスマンの膨大な作品群の一部ですが、タンスマン作品の多様さ、豊かさ、質の高さ、奥の深さの一端に接する機会となりました。
タンスマンのピアノデュオ作品をご紹介するとき、夫人の存在を抜きにして語ることはできません。タンスマンが1937年に再婚した女性は、コレット・クラといい、フランスの作曲家ジャン・クラの次女であった人でした。コレット夫人が夫君と肩を並べる名ピアニストであり、タンスマン夫妻がピアノデュオの演奏活動を積極的に行っていたという事実を、私たちは一人でも多くの方に知って頂きたいと願っています。1908年、フランス北西端の港町ブレストに生まれたコレット・クラは、パリ音楽院ピアノ科で当時最高の名門といわれたラザール・レヴィのクラスに学び、プルミエ・プリを得て卒業、卓越した技巧と魅惑的な美貌で知られました。オーソドックスなレパートリーはもとより、師匠レヴィの作品や、父ジャン・クラの作品も得意とし、1930年には父より献呈されたピアノ協奏曲の初演を手がけ、圧倒的名演で聴衆を魅了、その名声は決定的なものとなりました。1937年にタンスマンと結婚してからは、コレット・クラ=タンスマンと名乗り、タンスマンの楽曲の第一の解釈者としての使命をも帯びることとなったのです。実際に、前述の「タンスマン作品カタログ」には、タンスマン夫妻の演奏記録が随所に掲載されています。例えば、2台ピアノのために書かれたタンスマンの以下の5作品、「マプモンドとパプモンド」(Mappemonde et Papemonde, 1937)、「ポーランド狂詩曲」(Rapsodie Polonaise, 1940)、 「カーニバル組曲」(Suite Carnaval, 1941-42)、「前奏曲と3つのフーガ」(Prelude et Trois Fugues, 1942)、「セレナーデ第3番」(Serenade No. 3, 1943)では、初演日・初演地の各情報とともに、初演者として、"Colette CRAS-TANSMAN et Alexandre TANSMAN, pianos"との記載があります。
コレット夫人は1953年3月、病により逝去したため、夫妻での演奏記録は、第二次世界大戦をはさんだ十数年に集中しています。厳しい混乱した時代であったことが災いし、残された録音はごく限られたものですが、これが録音技術の発達した時代であったならば、相当数の名演奏が残されていたことは間違いありません。幸いにも私たちは、タンスマンの令嬢、マリアンヌ・タンスマン・マルティノッツィさんの御厚意により、タンスマン夫妻またはコレット夫人単独の演奏による次の3種類の録音に接することができました。
私たちは、コレット夫人の演奏の圧倒的な説得力に魅了されました。完成された技巧、確信に満ちた解釈の素晴らしさは、筆舌に尽くせるものではありません。コレット・クラ=タンスマンが、同じラザール・レヴィ門下のイヴォンヌ・ロリオ=メシアン、ピエール・サンカン、ジャン・ユボー、レリア・グッソー、モニク・アース、ジャクリーヌ・ロバン、ジネット・ドワイヤン、イナ・マリカ、原 智恵子、安川 加壽子、野辺地 勝久、田中 希代子といった幾多の往年の名手たちに勝るとも劣らない稀代の名ピアニストであったことを、私たちは知りました。
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