ドビュッシー探求

「子供の領分」より第6曲「ゴリウォーグのケークウォーク」

2008/09/19
今回の曲目
音源アイコン 「子供の領分」より第6曲「ゴリウォーグのケークウォーク」 2m58s/YouTube

 当時はやっていた黒人の人形の印象を曲にしたといわれています。グロテスクでユーモラスな格好をした人形が、ぎくしゃくとぎこちない動きをしながら踊ったり、ころんだりしているさまが、やはり、当時ヨーロッパではやりはじめたジャズ音楽と組み合わされて表現されています。ドビュッシーは、ここでは教会旋法は特に用いず、和音についても、従来ロマン派までで使われてきたものを中心に用いています。リズムは、シンコペーションを効果的に使うなどとても刺激的です。また、強弱やアーティキュレーションは指示がとても細かく、それらをすべて守ることで、ドビュッシーが考えていた複雑な音楽世界が現れてきます。

演奏上の問題について
 曲はEs-durで始まります。1小節から4小節の2拍目表までは借用のIV和音の6音付加の分散和音です。しかもただのユニゾンです。これだけ単純な開始は珍しいのですが、ドビュッシーは、当然のことながらこの4小節の間にもさりげなく複雑さを盛り込んでいます。まず、アーティキュレーションをよく見て違いを表現しなければいけません。例えば、1小節目のasにはスタッカートがついていますが、2小節目のfにはありません。また、1、2小節目の3、4番目の音符にはスラーがありません。また、3、4小節の16分音符はノンレガートです。強弱についても4小節目の最後の音が一番強く、それまでにff はありません。4小節目の最後の和音はドミナントですから、6小節の和音(2音付加)に連結します。6~9小節では、拍の裏の和音が厚くなっています。従って、拍の頭に響きの意識がないと拍子がわからなくなるので注意が必要です。強弱の細かな指示を守るべきです。

 10小節から第1主題が始まります。ここでも、メロディーのアーティキュレーションは冒頭と同じように注意深く表現するべきです。和音は冒頭から15小節までesとbのオルゲルプンクトが続き、10、11小節が借用IV和音6音付加、12、13小節が和音2、6音付加、14小節はV9、15小節がV9の借用、16小節は和音、17小節はVI和音というように、特別な進行をしているわけではありません。10小節はmf で18小節はf です。22小節では、B-durに転調していますから、音色を変えてsubitop で始めるのが効果的でしょう。22~25小節では、借用VI和音からV度上の借用V9和音、V13和音から和音に解決しています。この部分は、書いてある通りに演奏しても良いですが、22、23小節の下段の2、4番目の8分音符の和音の上のライン、すなわち、asabcesを右手でとっても良いでしょう。24、25小節の中声部のeesdのラインも注目して良いでしょう。

 26~46小節ではEs-durで推移部になります。和音はV和音、和音、IV和音、VI和音、借用IV和音などの単純な交替です。ここでは、和音の揺らぎを表現した上で、指示のあるアーティキュレーション、強弱を守ることで、ぎこちないニュアンスが表現できます。

 47小節からはGes-durに転調します。和音、V和音、V和音の上方変位などの単純な連結で60小節まで続きます。ここでは、少しテンポを落としてぎこちない雰囲気を出すと良いでしょう。61小節では「大きな動きで」という指示がありますが、これは、allargandoのイメージが近いと思います。この大げさな表現は他に65、66小節など6回繰り返されますが、伴奏音型、強弱やアーティキュレーションがすべて異なりますから、それらの違いをしっかりと表現しなければいけません。概ね、上声部以外の声部が徐々に複雑に絡み合うようになってきますから、それを表現することで単調さを避けることができます。63小節などですが、2分音符を残さなければいけないのですが、8分音符はスタッカートのニュアンスを表現したいところなので、ここはハーフペダルを利用して、2分音符がちょうど1小節間で消えるように調整すると良いでしょう。71、72小節は上声部のメロディーだけではなく、多声的に表現したいところです。75小節では、テノールにgesfesのラインが現れます。それが76、78小節に引き継がれます。69、70小節では、イタリアオペラのようなallargandoを表現されています。ところが、79、80小節ではその指示がありません。これは、同じ表現を繰り返すことで趣味が悪くなることをドビュッシーが嫌っていたと思われます。そのかわり、83~91小節までのこの部分はとても大げさな表現になっています。83小節からは、Ges-durのドミナントの響きの中にEs-durが複調的に響くことで再現部につながります。

 92小節からは10小節からの部分の再現になっています。細かいところで最初と異なる部分をチェックしておきたいところです。例えば92小節ではまだpp です。110~113小節では上段の和音がとても面白い変化をします。110小節ではE-durのV和音に半ずれしているところが響きのユーモアを醸し出しています。127、128小節では、重くしないために、一番上のesの音を響かせると良いと思います。

 これらの細かい指示をあくまでも自然に表現できるようにすると、とても趣味が良く、面白い音楽になると思います。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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