「子供の領分」より第5曲「小さな羊飼い」
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「子供の領分」より第5曲「小さな羊飼い」 | 2m35s/YouTube |
草原で小さな羊飼いが静かに笛を吹いている、そういった情景が浮かびます。書いてある通り、とても柔らかく、デリケートで表情豊かなメロディーが空間に広がっていきます。曲全体に孤独感、寂寥感を感じます。シンプルですがとても感動的な音楽で、19小節から始まる曲の頂点は、ドビュッシーが書いたすべての作品の中でも最も感動的な部分の1つだと思います。
演奏上の問題について
この作品は特にそうですが、荒々しく、野太い直接的な響きを用いてはいけません。最強音はmf です。p からppp までの範囲で可能な限り多様な演奏を心がけなければいけません。また、テンポの微妙な変化の指示を完全に守らなければいけません。テンポはTresmodere、plusmouvemente、Pocoanimato、Unpeuretenuの4種類で、これら以外に、cedezの指示が3回ありますが、その長さが微妙に異なります。2回目は1回目よりも大げさに、そして3回目は、もともとUnpeuretenuからゆっくりし始めるので、やり過ぎて間延びしないような長さにしてあります。これらを、とても自然に、しかし確実に表現しなければいけません。また、19小節のunpocopiuforteは、ほんの少し強くするだけでやりすぎないようにという警笛です。全体にさりげない、微妙な変化が要求されます。
1~4小節はdを主音とする教会旋法でメロディーが歌われます。悲しげで表情豊かな旋律です。3、4小節では微妙な抑揚が指示されています。5~7小節は舞曲のようで、活気をもって音楽が進むようですが一本調子では進みません。6小節では、それまで元気よく走ってきたのですが、ちょっと後ろを振り返って立ち止まるようなニュアンスです。テンポは変えません。5小節ではc-mollのようで、6小節ではH-dur、そして7小節からはA-durに安定します。8小節で、冒頭のテンポ、つまり、少しテンポが落ちてA-durの終止に向かいます。ここの部分はあまり大げさな終止にしないように演奏して、16~18小節との違いを出したいところです。11小節の休符は正しく表現するべきです。また、ただ休符を表すだけでなく、次のcis-mollの旋律を出すための緊張感を持つべきでしょう。
12、13小節では、1、2小節に比べ、少し積極的な表現をします。そのために強弱の指示がありますが、これもあまり大げさにしない方が良いでしょう。また、フレーズを短くしないように、ドビュッシーはわざわざ13小節の2分音符にピークをもってきているところに注意が必要です。14~18小節はE-durです。上段では、テヌートの有無、強弱の指示の違いなどを守ることにより、単調な表現が回避できます。14~15小節では、テノールに対旋律ediscisdisediscis、バスにfisgisagisfisgisaがあり、反行していますから、これもさりげなく表現するべきでしょう。16~18小節は多少大げさにカデンツを表現します。
19、20小節は、fis-mollで、とても緊張感が増します。21~26小節はcis-mollで、リタルダンドなどの指示がないことから考えて、一息で演奏したいところです。テノールのラインが23小節まであり、これと上段の2声をバランスよく演奏することが大切です。また、24、25小節のVI度上の和音の揺れはとても悲しい響きです。ここを音楽的に演奏できなければ、この作品を演奏してもあまり意味がありません。24小節に対し、25小節はエコーになっています。
27小節からは7小節からの部分の再現ですが、曲の終わりを意識して、少しゆっくりめに、しかし、リズムなどの性格は保ったまま表現したいところです。31小節では、ソプラノの2分休符を表現するために、それ以外の和音を押さえ直す演奏家もいます。
1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。
第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。
これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)