「子供の領分」より第4曲「雪が踊っている」
今回の曲目
「子供の領分」より第4曲「雪が踊っている」 3m7s/YouTube
自然界の厳しく凍てつく寒さを象徴する雪を題材にして、ドビュッシーは同じ時期に2種類の作品を作曲しています。1曲は前奏曲集第1巻の第6曲「雪の上の足跡」で、もう1曲がこの作品です。前者は、とても厳しい冬の情景を、まさにその場にいるかのような形でいわば直接的に表現していますが、この作品はどことなく間接的な感じを与えます。それは、子供のおとぎ話の中の印象か、または、窓の外の景色を子供が見た印象でしょうか。子供の感覚を通じた冬の世界をドビュッシーは象徴しているようです。
16分音符の細かい音型は、まさに雪が降り続いているようで、その中に、子供が感じる印象が息の長い旋律で表現されているように思われます。デリケートな作品が揃ったこの曲集の中でも際立って繊細な作品だといえるでしょう。
演奏上の問題について
曲全体を通していえることですが、まず、16分音符はスタッカートがついているレガートであることをどう考えるかです。ドビュッシーの記譜法に従えば、これは右ペダルを使ったスタッカートだといえますが、前述の通り、雪のイメージからすると、ハーフペダルを効果的に使って表現することが必要だと思います。また、タッチについても、鋭く切るスタッカートでなく、柔らかく鍵盤から指を離すようにすると良いと思います。3~7小節に続く全音符は、楽譜上では左手で弾くようになっていますが、そうすると左手で弾く16分音符は指使いが5、4、3、2となり、しかも左手の1の指が黒鍵に来ることが多く、しかも左手としては音域が高いので弾きにくいかもしれません。その場合は、全音符のライン、bcbcis(d)を右手でとった方が楽かもしれません。
冒頭はd-mollで、5小節まではII系の和音、6小節はV7、7小節は和音という形でカデンツになっています。全音符にはテヌートがついていますが、決してきつい音質ではなく、あくまでもニュアンスはPの範囲で、全音符の響きの中に16分音符を乗せる感じで演奏すると良いでしょう。また、6小節のcisと7小節のdは、限定進行音ですから、とても意味を持たせて演奏するべきです。そのつながりが、p からpiupp という形で表現されていると考えて良いでしょう。
7、8小節は16分音符の上段はefgaで、下段のテノールはdcbaとなっていて互いに反行しています。また、ここは和音とIV和音の交替が2分音符ごとに起こっています。これによって、和音の動きが出て曲全体が動き始めます。そして9、10小節では和音交替が4分音符ごとに起こり、さらに動きが増してきます。11~13小節は1小節ごとにd-moll、f-mollのドミナント和音の交替があり、14小節では半ずれしてGes-durに転調しますから、ここでとても曇ったニュアンスに変わります。なお、14~21小節では、右手の上を左手が飛び越えて弾かなければいけないので、楽譜通りに演奏すると柔らかいニュアンスを表現しにくいと思います。その場合は、16分音符をすべて右手でとる方法があります。16小節では更に曇ったCes-durに転調し、20小節では少し明るいDes-durに転調しています。転調するたびに音色を変えることで単調になることを避けることができます。また、20、21小節では、バスのラインだけではなく、16分音符の上のライン、すなわち、esfの揺れを、指示された強弱にあわせて表現すると良いでしょう。
22~28小節では全音階に変わり、それまでの少し暖かなニュアンスから冷たいニュアンスに変わります。音量の変化はほとんどありませんが、そのニュアンスの違いは明確に表現するべきです。26小節からは同じ全音階ですが、22~25小節の部分が長2度下にずれています。いわば2次下属調に転調しているのと同じ効果ですから、より暗いイメージで演奏すると良いでしょう。そのためにpiupの指示があると考えられます。同じ調子で29小節もいくところですが、ここでd-mollのIV和音的な響きに変更して30小節からの展開部につなげています。従って、この部分はIV和音から和音への連結をはっきりと表現するべきです。
30、31小節ではPP とありますが、ここでは、幻想的な雰囲気を出すと良いでしょう。この部分はdを主音とする教会旋法で、和音とVII和音の交替になっています。32~36小節の2拍目まではcを主音とする教会旋法で、36小節の3拍目から37小節まではf-moll、38~39小節はCes-dur、40~42小節まではf-moll、43小節から47小節1拍目まではf-moll、47小節2拍目から48小節まではAs-dur、49小節から52小節はGes-durとAs-durの交替、52~56小節は半音階進行しながら57小節からのd-mollにつながります。めまぐるしい転調を丁寧に表現することと、細かな強弱やテンポの揺らぎを正しく表現することが必要です。また、33、34小節でdesfgの音型を滑らかにつなぐこと、そして、38小節からの16分音符のトリルを滑らかにつなぐことも大切です。
64小節からはf-mollとas-mollの交替をしながら同じ音型が順次下降し、67小節でGes-durに転調します。これが70小節のd-mollのIV和音の半ずれになっています。この部分は、音量を落とすことも大切ですが、細くてデリケートな音質で演奏するように心がけたいところです。
1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。
第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。
これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)