「子どもの領分」より第2曲「象の子守唄」
今回の曲目
「子どもの領分」より第2曲「象の子守唄」 3m21s/YouTube
ユーモラスで可愛らしい象のぬいぐるみを思わせる音楽です。冒頭から5音階や全音階が用いられ、とてもニュアンスが豊かです。また、音の個数も少ないので、ただ弾くだけなら、6曲中で最も易しい作品の1つです。しかし、この作品は、表情はとても優しいのですが、表現の意味はとても深く、考え抜かれています。2つの主題が用いられていますが、これらの断片が曲中の至る所に現れ、最後は2つが同化するような構造になっています。そういう意味では、ベートーヴェンのいくつかのソナタの発想が用いられていると考えても良いと思います。
演奏者の楽曲についての把握力が露骨に現れてしまう難しい音楽だと思います。
演奏上の問題について
1~9小節まで、ドビュッシーとしては珍しく、とても息の長い第1主題が5音階で歌われます。柔らかく、さりげない抑揚をつけて歌わなければいけません。しかし、明白に抑揚を表現するのは8小節だけです。4、5小節に上段に出てくるfgという長2度の和音はいろいろな解釈ができるでしょう。クラスター和音と考えることもできますが、第1小節の4拍目の音が断片として同時音で表現されていると考える方が自然かもしれません。9、10小節はG-durを感じさせますが、11~16小節は全音階和音で不安げな響きに変わります。17、18小節はB-durの借用VI和音でしょうか。いずれにしても、5音階ですが、19小節からのB-durに続きます。
19、20小節は、21小節から始まる第1主題の前奏ですが、厄介なことに、2拍目にテヌートがついていて、しかも表現のしにくい強弱指示があります。この上段の音型は、第1小節の4拍目、第2小節の1拍目の音型がそれぞれ同時音になったものと考えて良いでしょう。つまり、この歌い方のニュアンスがそのまま19、20小節のテヌート指示になっていると考えられます。21小節からはsemprepp でメロディーを歌うべきです。25小節から中声部に長2度の保続音が出てきますが、これも第2小節の1拍目の同時化による和音です。
29~32小節ではこの長2度の和音、つまり、第1主題の断片が組み合わされて、33小節から始まる第2主題がおぼろげに出てきます。38~46小節は、この2度音程のモチーフが左手の伴奏に現れ、中声部にも現れています。そして、響きとしては全音階和音になっています。47小節からはGes-durで第2主題が出てきますが、49~52小節では第1主題の断片がD-durで現れます。この間、Ges-durのV音がオルゲルプンクトで鳴り続けていますが、49小節で明白に明るい音色に変えるべきです。54~58小節ではまた第2主題の断片がバスからソプラノに現れます。また、56小節で縮節が起こっています。57小節からes-mollに転調しています。細かい強弱の指示を守らないととても単調になってしまいます。63小節からは、B-durで、上段は第1主題と第2主題が同時に現れます。ほぼ同格の音量できれいに歌うべきです。70小節からはバスに第2主題が現れます。テンポを落とさずに徐々に消え入るように演奏します。78、79小節のソプラノに39小節のモチーフが現れ、また曲が展開されるような期待を持たせますが、そのまま消え入るように終わります。
響きが薄いですが、アーティキュレーションと強弱を丁寧に表現し、しかも立体的に響くようにすることが大切だと思います。
1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。
第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。
これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)