「版画」より第3曲「雨の庭」
今回の曲目
「版画」より第3曲「雨の庭」 4m02s/YouTube
この作品は、「ねんねよ坊や」、「もう森へは行かない」の2曲のフランスの童謡からモチーフがとられています。それが理由の1つでしょうか、この作品は初演のときに聴衆からアンコールを求められました。3曲の中では演奏機会はこの作品が最も多いですが、それは、この作品が他の2曲よりは親しみやすい表現方法であるからかもしれません。
よく考えてみると、この「版画」という曲集は、1曲目がジャワなどのアジア、2曲目がスペイン、そしてこの3曲目がフランスというように、フランスからみて、異国情緒の強いものから順にフランスへと向かった曲順になっていることがわかります。
この作品には、物語的な情景を当てはめることが容易で、そういったことがよく書かれています。それは、恐らく、126小節の部分でしょうか、この部分をドビュッシーが、「これは虹だ」と言ったことも理由の1つでしょう。確かにそういう捉え方はあって良いと思いますが、後年のドビュッシーが「音楽は絵はがきではない」と言っていることからも、純粋音楽的な見地で表現することが大切ではないかと思います。
ちなみに、よく語られているお話は、最初、少しずつ雨が落ちてきて、黒い雲が不気味に広がってきて大雨になり、遊んでいた子供たちは雨宿りをする、その後、空が少し明るくなってきて、小鳥のさえずりが戻り、そして虹が広がって雨が上がり、また子供たちは喜びながら遊び始める、そういったものでしょうか。
演奏上の問題について
この作品は、音楽の語法としては比較的わかりやすく書かれています。
1~3小節で、「ねんねよ坊や」の主題からとられた第1主題が下段に現れます。「ねんねよ坊や」の主題は長調ですが、これはe-mollです。この部分の16分音符の音型は、「子供の領分」の第1曲「グラドス・アド・パルナッスム博士」の音型に似ています。メロディーを滑らかに演奏しなければいけませんが、同音連打が含まれるために響きとタッチをよく工夫しなければいけません。また、この部分はpp ですから、20小節まではとても押さえた表現が必要です。しかし、同音連打があるので、音がかすれない程度で演奏します。この部分を強い音で演奏することは曲想を台無しにしてしまいます。20小節までの細かい強弱の指示は、音量をp の範囲でやるべきです。10小節からの部分は、dfedcなどのラインをさりげなく出すと良いでしょう。6小節では下属調a-mollに転調し、その前よりもより響きが暗い感じにすると良いでしょう。10~15小節では、指示がありませんが、1小節ごとに強弱の細かいふくらみをもたせながら全体としてdim. していくと良いと思います。16小節が前半部分の底になっています。ここからは全音階的な響きで、落ち着かず、不気味な表情を出すと良いでしょう。2分音符ごとに、さまざまな調のV系和音が連結され、全体として最初のピークである25小節に向かいます。注意したいのは、ここはff ではないということです。
27小節では、Fis-durに転調し、第1主題が長調で歌われます。この4小節ははっきりと音量を落とし、明るい音色で演奏し、前後とのコントラストをつけるべきです。31小節からはfis-mollで第1主題が歌われます。37小節からは推移部で、各調のV系和音が連結されます。下段は多声的に書かれていますから、響きのバランスをとりながら立体的に表現したいところです。また、この部分は細かなふくらみが指示されていますが、単調にならないように、強弱のふくらみが、38小節までと39小節からの部分、そして42小節の部分が異なりますから、この違いも表現するべきでしょう。更に注意するべきことは、43小節がf で、本当のクレッシェンドは42小節からであるということです。42小節の冒頭がきちんとpで演奏されなければいけません。
43、44小節はとても難しいところです。それは、下段の最低音が第1主題なのでこれを一番響かせなければいけないのですが、とても鳴らしにくいからです。このバスの第1主題を響かせるためには、その最大音量から逆算して他の声部の音量を決めるべきですから、fはバスで、他の声部はmp 程度だと思います。そして45小節から一気にクレッシェンドして第2のピークである47小節に到達します。46小節から47小節へ行くときに跳躍がありますが、ここで間をあけるとロマン派的になるのであけてはいけないと思います。48~49小節のdim. は、ハーフペダルでバスのdesasの音量を下げると効果的です。
50、51小節ではDes-durでバスに第1主題が現れます。52~55小節では、2拍ごとに調の異なる3和音が連結されていますから、音色を2拍ごとに変えながら2小節単位の小さなクレッシェンドを表現するべきです。
56~59小節は全音階和音で細かい抑揚がつけられています。この部分から徐々にクレッシェンドとアッチェレランドをかけるように指示がありますが、この部分から始めるとピークが71小節なのでとても続きません。響きの差で表現するべきです。60~63小節では、同じ全音階和音ですが、前に比べ、短3度、つまり、上に半ずれしているような効果がありますから、56~59小節よりもより活発なニュアンスで表現します。64、65小節は半音階進行と増3和音の並進行が組合わさっています。細かな強弱の指示は、バスのラインと他のラインが反進行しているニュアンスを表現するためのものです。66、67小節では長2度上にずれていますから、より活発なニュアンスを表現します。68~70小節は、それまでの部分が縮節されて3回繰り返されます。細かな強弱は小節の最初を落とすことで音量を大きくしないで盛り上げる方法だと思った方が良いでしょう。71小節はfであってff ではありませんから金切り声のような音を立てないようにしたいところです。73、74小節のfisは、Cis-durのV7和音の第7音で、限定進行音として76小節のeisに解決するニュアンスを持たせるべきでしょう。
75小節からは「もう森へは行かない」のメロディー(第2主題)の断片が上段に提示されます。少しルバートをかけても良い所ですが、拍子がわかる範囲で少しだけにした方が良いと思います。また、この部分は断片ですが、1小節ごとに切れているだけではないところに注意が必要です。77、78小節はスラーが2小節にわたっているので、この違いをはっきり出すことで単調さを避けることができます。また、バスのラインは半音階で下降していますからこのラインもしっかりと響かせてソプラノとのバランスをとるべきです。83小節からは和音としてはCis-durのV9和音ですが、バスに第1主題が全音階的に表現されています。90小節からは同じような繰り返しですが、バスにtenutoがかかっていませんから、少しエコーのように表現すると良いかもしれません。
100~115小節の部分は、Gを主音とする教会旋法でフォブルドン的に和音が順次進行していきます。112小節からはテノールに第1主題がオクターブで現れます。この部分は「神秘的に」表現しなければいけません。また、クレッシェンドやアッチェレランドはずっと我慢して、116小節の頂点まで徐々に盛り上がるようにします。また、頂点はfなので大きく盛り上げすぎないようにします。音量やテンポに頼るよりも、情念的に盛り上げるような気持ちで良いと思います。118小節からは崩れ落ちるように「急速に」演奏します。ここは様々な調のV系和音が連結されています。122小節からは全音階で極限まで音量を落とします。
126小節からはH-durの和音(6音付加)で、128小節から上段に第2主題の断片が現れます。132小節までは2回同じような繰り返しになっていますが、133小節で盛り上げるために、126小節のrfはあまり強くしない方が良いでしょう。また、128、129小節にあるクレッシェンドと131,132小節にあるクレッシェンドは長さが異なり、しかも131小節からは下段の部分にクレッシェンドの指示があります。このことは、2回ある繰り返しのうち、1回目は盛り上げず、2回目は大きく盛り上げるということを意味していると思います。
133小節からはE-durで、金管楽器のように下段に第2主題が現れます。136小節からはgis-mollで第1主題が現れます。和音は、100小節からの部分と同じように並進行しています。ここは軽い音質でscherzandoを表現します。同じような繰り返しが146小節まで続きます。147小節からはE-durで、ソプラノに第1主題が現れ、バスの進行と2声の進行をしますから、響きのバランスを考えて演奏します。この部分も早くからクレッシェンドをかけすぎないことが大切です。V7からIV6を経て、和音に解決して全曲を閉じます。155小節からの部分は硬くない音で響かせるようにすると良いと思います。
全体を通じて、調、和音、旋法の色の違いを明確にすること、そして、クレッシェンドを我慢することが良い演奏をするコツだと思います。
1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。
第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。
これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)