アラベスク第二番
今回の曲目
アラベスク第二番 3m31s/YouTube
この作品も、第1番ほどではありませんがとても有名な作品です。飛び跳ねるような軽やかなリズムが全曲を支配し、様々に異なる長さのフレーズが組み合わされることで単調になることが避けられています。演奏するにあたっては、記譜上で曖昧な点がいくつかあり悩ませる部分もありますが、軽やかな3連符の16分音符と軽やかな和音のスタッカートをうまく表現したいです。そして、第1番と共通したリズムモチーフを用いていることも興味深いところです。性格的には1曲目がAndantino、2曲目がAllegrettoですから、似たようなテンポです。しかし、リズムの質感が異なる部分を表現すれば明確なコントラストを得ることができるでしょう。また、同じ時期に作曲されている「ベルガマスク組曲」の質感に通じるバロック的な世界をもっていると思います。一貫したテンポで、決して荒っぽっくならないように表現したい音楽です。
演奏上の問題について
拍子は4分4拍子でテンポはAllegrettoですから、あまり速く弾きすぎないことが大切だと思います。
冒頭の4小節はG-durでV7 III V7と進行して5小節でのIに解決します。この4小節の上段は、3連符が刺繍音になっています。たとえば、最初の3連符はe音の装飾と考えられます。そう考えると、上段は4小節の間、ずっとeが保続音として鳴り続け、その中で1小節はaのオクターブ、2小節目はhのオクターブ、3、4小節はcと順次進行していると考えて良いでしょう。そう考えると、バスのライン、cis h a dと反行形になっていることがわかります。この反行形とV~Iの進行をあわせてdim。を表現すると良いでしょう。5小節でppになっていますが、音が抜けない程度の弱奏にすると考えると、そこから逆算して冒頭のpの音量を決めるべきです。あまり弱く始めてしまうとあとが大変ですから、そのあたりを計算すると良いでしょう。
5~7小節はI和音とIV和音の交替です。この和音の交替を、バスのラインを中心に表現するべきです。5小節の下段最初のgを残すべきですが、ペダルを踏みすぎると上段が重く、濁ってしまいますから、軽く踏むべきです。また、和音は付点4分音符ですから、長く延ばしすぎないようにしなければいけません。7、8小節の細かな強弱ですが、2拍ごとにsubito ppになっていることに注意しましょう。また、7小節3拍目や8小節1拍目に入るときに間をあけないようにしなければいけません。この部分では、バスのライン、h c cis dは意識しなければいけないと思います。8~9小節ではV度上のV7からV9となっていますから、フレーズを閉じるべきです。なお、5小節からの下段の8分音符には7小節目までスタッカートがついていますが、8小節からはありません。これは、単にsimileのために省略されていると考えてよいと思います。
11小節後半からD-durに転調していきます。そのために、11小節3拍目のバスのcisは大切な音です。13小節は前半のピークですが、mfですからさりげない表現が大切です。14小節でD-durでカデンツを閉じますが、Iの2転のあと、V13からIに解決しています。4個目の8分音符のfisが特徴的な音です。ちょっと普通の解決になっていないところも意識すると良いでしょう。また、この部分は属調ですから、始まりよりも少し明るく表現するべきでしょう。
15小節ではまたG-durになり、元の明るさにします。ここから、アラベスク第1番で特徴的であったリズムモチーフ、すなわち、4分音符、2分音符、4分音符の組み合わせが出てきます。その指示がmfであると考えられます。18小節まで、細かい強弱を忠実に表現するべきです。特に16、18小節の強弱のピークは、装飾音の存在を考えてみても、上段のfisではなくaにあると考えてよいでしょう。これによってリズムが一層複雑になっています。19小節ではしっかりとpにして経過句的な性格を表現し、23小節のfに向かうべきです。この部分は、テーマが左手に出てきていると考えるべきで、右が強くなりすぎないようにしなければいけません。23小節では、その左右の音量のバランスを突然交替することで、一層fを引き立てることができます。ここからは、5小節からと同様、I和音とIV和音の交替です。また、23、24小節の下段の4拍目は、軽いsfがついていると考えて表現すると良いでしょう。25~28小節はI(2転)、V7(5音上方変位)、Iと進行しています。27小節冒頭のPに向かって、逆算したdim。をかけると良いでしょう。なお、27小節はスタッカートがありません。恐らく、柔らかい音質を要求されているのだと思います。
28~37小節は前半部分のコーダです。特に上段で、アクセントとスタッカートが区別して指示されています。この質感の違いをしっかりと表現したいところです。32小節ではH-durに転調しています。属調ですから、普通に演奏してもpiu fの質感が表現できると思います。音量よりも、より明るくなった、そういう感じを表現すると良いでしょう。この部分は104小節からの部分と同じですが、和音の音符の長さ、スタッカートの有無などが微妙に異なります。これがミスプリではなく、ドビュッシーがこの違いをはっきりと区別して表現するように要求していたと考えるのなら、音符の長さを正確に表現する必要があります。また、32小節からの上段の16分音符はつぶれた音にならないようにクリアに表現すると良いでしょう。37小節のgのオクターブもスタッカートがありませんから、ソフトな音質で表現するべきだと思います。
38小節からは下属調C-durですから、少し落ち着いた表情で表現するべきです。また、第1番と同様に、この作品も中間部は4声体の多声音楽でかかれています。44小節までは単純なI和音とV和音の交替ですから、ラインのバランスをうまく表現しないと単調になります。
38~41小節はソプラノとバスのラインが反行していて、それにあわせて強弱の揺らぎを表現します。なお、ソプラノはスタッカートのある部分とない部分があります。スタッカートを省略していると考えるか、これらを区別して表現するかは演奏者の判断だと思います。もし区別して表現するのであれば、表現はなかなか難しいと思います。中声部のgとfはシンコペーションリズムを伴った保続音ですから、この2音を右手の1の指で同時にとると左手のバスのラインが滑らかに演奏できます。42、43小節もシンコペーションと連動して強弱がついています。44小節からは和音の第1展開形の並進行です。この中間部全体が落ち着いたニュアンスで統一されていますから、ここでのクレッシェンドとsfはほどほどにするべきでしょう。45小節ではクレッシェンドの頂点で、E-durの和音が借用されています。より明るい雰囲気になるところです。
46小節ではsubito pにするとよいでしょう。ここでは38小節からの部分と比べると、両外声の反進行は同じですが、アーティキュレーションが異なっています。明確に違いを表現するべきでしょう。50小節では突然E-durに転調しています。音色を暖かく柔らかい質感に変えると良いかもしれません。55~56小節は半ずれしてEs-durに転調しますから、一気に曇った音色に変えると良いでしょう。50~53小節と54~57小節は同じような繰り返しですが、微妙に強弱の指示やアーティキュレーションが異なります。同じ繰り返しを避けるドビュッシーならではだと思います。音色の変化と連動して自然に区別できると単調にならないと思います。58小節からの部分はG-durのVI度和音(借用)ですから62小節のI和音に滑らかに連結するべきです。
62小節からは再現部です。5小節からの部分と異なるのは右手の2、4拍目の部分が同じリズムの繰り返しになっていないところです。
72小節からはC-dur(下属調)で柔らかい質感が必要です。72~75小節は長いドミナントです。2度同じフレーズが続きますが、細かい強弱の変化、アーティキュレーションの変化、休符の表現などに注意します。76小節の冒頭が頂点ですが、ここはmf程度でしょう。揺れながらG-durに転調して80~82小節でカデンツを表します。少しリタルダンドしても良いかもしれません。
82小節は速度を落とします。最初の主題が拡大形で現れています。83小節の3、4拍目はIV度和音(6音付加)ですから、和音の揺らぎを表現します。86小節ではF-durに転調しますから、より曇った質感で表現します。バスのオルゲルプンクトがずっと鳴り響いているように表現するべきです。
90小節ではもとのテンポに戻ります。95小節までは、まるでフガートのように、対位法的に表現すると良いでしょう。バスの4分音符が揺るぎない時を刻み、そこに決然とテーマが3回現れるようにすると良いでしょう。ただし、クレッシェンドは、頂点が100小節目で、しかもフォルテなので、そこから逆算して、早くからフォルテにならないように慎重にクレッシェンドするべきです。また、98、99小節では、初めてソプラノとバスが反行するので、ここの部分で本格的にクレッシェンドすると良いでしょう。
100小節からは28小節からの部分の再現です。やはり、微妙にアーティキュレーションや強弱の位置が違います。また、和音の音符の長さも微妙に違いますから、そこを音楽的に差をつけて表現できると良いでしょう。最後はとても低い音程を感じながら終わると良いでしょう。
全体に軽やかで生き生きとしたリズムを刻みながら、一瞬の転調で音色を変えることなどに注意すると、とても繊細なスケルツォになると思います。
1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。
第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。
これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)