前奏曲集第2巻より第2曲「枯葉」
今回の曲目
前奏曲集第2巻より第2曲「枯葉」 3m46s/YouTube
1曲目の漠然とした不安は、2曲目の「枯葉」になって、孤独感と寂寥感が更に強くなっています。さて、枯葉といえば季節は晩秋です。私たちはどういう響きを曲に求めるでしょうか。普通は、ブラームスの晩年のいくつかの小品にみられる、暗い、曇った響きでしょう。つまり、響きで言えばフラット系の響きです。しかし、意外にも、この作品は明るいシャープ系の響きが中心になっています。これは何を意味するのでしょうか。
恐らく、銀杏の落ち葉のような、金色とも黄色ともいえるような、そういった色ではないでしょうか。そして、それらの落ち葉が積み重なって、木々は枝だけになり、生命が終わりそうな気配を感じます。ちょっとした北風で落ち葉は舞います。きらきらとした落ち葉の色合いと、孤独や死の世界のコントラストがとても崇高なのです。
ここでも、ドビュッシーは、音楽の中で、意識的に人、そして、人の感情の存在を消しているように思います。これは、前奏曲集第1巻の第6曲「雪の上の足跡」や、この第2巻の第10曲「カノープ」などに共通する世界だと思います。
演奏上の問題について
提示部的な部分として1~18小節を考えることができそうです。冒頭の3小節の和声は、非常にわかりにくいものです。第1曲「霧」と同様にカデンツを感じさせる部分を探すことは困難です。上2段を見ると、ロ短調のV9和音イ短調のV9和音が交替しているように思いますが、バスの2、3小節のラインは嬰へ短調のVからVIへの動きを感じさせます。2小節目の2段目にあるFは、イ短調のV9の第9音として響きますが、同時にバスの嬰へ短調のV9の響きも共有しています。3小節目も同様に、ロ短調のV9と嬰ト短調のV9の和音の響きが共有されています。いずれにしても多層的な響きが3小節で揺れています。響きとしてはシャープ系なので明るい響きであるべきです。その中でも3小節目が一番明るい響きでしょうか。なお、冒頭の音符は正しく4分の3拍子を感じなければいけません。4、5小節では揺れ動きながらイ短調に落ち着くようなニュアンスですが、6小節からはホ長調のV和音を中心に上段で和音が揺れます。しかし、8小節目ではIに解決せず、そのままホ長調のV13和音の響きになり、暖かく柔らかい響きのニュアンスになります。9小節目ではニ長調を感じさせ、少しはっきりしたニュアンスになり、10~14小節はハ長調を強く感じさせ、12~14小節は、ハ長調のV和音の響きが繰り返されるため、15小節でのIへの収束を期待させますが、ドビュッシーの語法で、それはなく、結局半音上に反ずれしてバスはcisとgisに「収束」します。この3小節間のVは、1小節ごとに音色を変えるように指示があります。微妙に構成音が違うこととあわせ、単調にならないようにしたいところです。15小節目は、上声部がフレーズの始まりであるのに対して、バスはフレーズの終わりになっているところにも気を配りたいところです。12小節から15小節まではソプラノは保続和音ですが、16小節でそれが半音ずれています音色を変えたいところです。それを除けば、15、16小節は、2、3小節とほぼ同じ響きです。また、ここは冒頭と異なり、ピアノですから、少し太めの音が良いでしょう。4、5小節と17、18小節で異なるのは、18小節最後のgisです。これは、19小節以降の保続音になるので、5小節最後のaとは違い、疑問符の響きをもたせたいところです。
結局、18小節の動機が19~24小節のバスで繰り返されます。従って、音量を増やさなくても自然に盛り上がって行く雰囲気が作れます。21~24小節までは全音階和音の響きの中で、最上声が徐々に音域をあげていきます。これも自然に盛り上がる理由になります。細かいクレッシェンドは更に盛り上げる理由になりますが、毎回subitoでピアノにしなければいけません。
25~30小節は、上段の和音が不思議な響きを持っています。すべての音を同時に鳴らすと移調の限られた旋法第2番にあたります。中段は、ト長調で民謡のような楽しげなメロディーですが、下段はロ長調のV9(根音省略)で、バスにずっとgisが保続音として鳴り響いています。とても多層的な響きのところで、とても不気味なニュアンスです。上段の和音は軽くて細い響き、中段はクラリネット的な響き、下段は深めの響きというように、すべての段の響きを弾き分けなければいけません。
31小節では、突如ピアノになって、それまでの混沌とした不安げな響きがとてもシンプルな嬰ヘ長調のI和音の響きに変化します。もしも30小節のバスのgisがcisであれば、多少ともカデンツを感じるかもしれませんが、ほとんど関連がない状態で、しかし、Iに解決します。32~36小節は、第6曲「風変わりなラヴィーヌ将軍」の冒頭にも用いられる、長3和音と短3和音の交替によって、曲中で唯一、エネルギーを感じるところです。
37~40小節では、嬰ハ短調のVのオルゲルプンクトの上に、全音階和音などの響きが交替して現れます。これは32小節のモチーフの変奏で、再現部への経過句的な部分です。音型の上下とともに、1小節ごとに変化する和声の揺らぎがさりげない強弱で洗わせるようにしたいところです。
41小節では、やはり、I和音には解決しません。41~46小節は、最後の1小節が拡張されていますが、冒頭の1~5小節の再現です。バスにはcisのオルゲルプンクトがあり、最後の嬰ハ長調I和音へ向かうことがわかります。
47小節からはコーダです。47小節では32小節のモチーフが拡大系で用いられ、49小節までニ長調を中心としたフラット系の響きになります。フラット系の響きは曲の中でこの部分だけです。音域の高い部分にメロディーが現れますが、決して明るい響きで弾かないようにして50小節からのとても寂しくも美しい響きとのコントラストを作りたいところです。
全体にフォルテがなく、静かで音が少ないのですが、そこに凝縮された音楽の世界はとても深く、複雑で、曲集中屈指の傑作だと思います。
1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。
第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。
これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)