ドビュッシー探求

12の練習曲より第2曲:3度のために

2007/09/21

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第2曲:3度のために 3m48s/YouTube

通常、3度音程といえば、古典和声の和音を積み重ねる基本で、響きとしては最も多用され、またその可能性もバロックから後期ロマン派のブラームスに至るまで様々に開発されてきました。しかし、ピアノという楽器で片手で3度音程で重ねられた旋律を滑らかに演奏することは、指の関係から非常に困難です。ショパンの3度のための練習曲は、3度のトリルや半音階を滑らかに弾くことを要求しましたが、これらの音型は比較的簡単に滑らかに弾くことができます。しかし、ドビュッシーはここで、メロディーとして3度の音程を滑らかに演奏することを要求しています。そして、使い古されてきたこの音程から、かつてない魅力をも引き出しました。さらに、この3度音程の2旋律に6度や5度を重ねることでさらに響きの多様さを生み出しました。もちろん、半音階も用いていますが、これは極めて複雑な和声進行を伴うものや、片手で3度パッセージを弾きながらその手で同時に旋律を弾くという極めて困難な課題をも盛り込んでいます。この作品の指使いを決定するには様々な知性が必要となりますが、その中でも、黒鍵と白鍵の鍵盤の高さや長さの違いを十分に認識した上で、指のレガートと腕や手首を使ったレガートなどをペダルと組み合わせるなど、総合的な判断が必要となります。しかし、最後は耳で響きを注意深く聴き、調性感や縦の響きのバランス、ラインの滑らかさなどで判断することになります。いずれにしても、ロマン派までに常識となっている3度音程の指使いの固定観念にとらわれず、音楽としての結果から演繹的に考え、通常なら禁則となる指使いをも用いて演奏することになります。
 音楽は概ね静かに、滑らかに進みますが、コーダではテンポが上がり、ドビュッシーはあまり用いない、「情熱的に」という指示のもと、オクターブと3度音程の積み重ねで、さらに珍しい「あるだけの力で」、最強奏されて曲を閉じます。12曲ある練習曲の中でも結構難しい作品の一つだと思います。

演奏上の問題について
 まず、この練習曲の難しいところを列挙します。

(1)滑らかなレガートで3度のパッセージを弾くこと
(2)バスとソプラノの響きのバランスをとること
(3)メロディーとその伴奏になる3度パッセージを右手だけで演奏する箇所があること
(4)幅広い跳躍を含む旋律をレガート演奏する箇所があること
(5)ピアニシモで3度のパッセージを含む多声的な部分を演奏する箇所があること
(6)ピアニシモの比較的地味なところが難しいため、力任せに演奏できないこと

などでしょうか。また、指使いですが、恐らく、全12曲の中でこの曲が最も決めるのに時間を要する思います。ぼくは滑らかにレガートで演奏されるために、3度パッセージの上声部のレガートを最優先にしたいので、例えば、最初の8音の上声の指使いは3,2,3,4,5,4,3,4として、下声部は2,1,1,2,3,2,1,2とします。上声の指使いは他にも4,3,4,3,4,3,4,3などが考えられますが、これはドイツ音楽系の発想と音色という感じがして、ぼくは採用しませんでした。基本的には、右手の場合、1の指は3度の下声部なので、連続使用が前提です。
 15小節から先のように、長い保続音を伴う場合、ハーフペダルをうまく使って、保続音を残しつつ、3度のパッセージの濁りを最小限にする必要があります。単調にならないように、転調したときのニュアンスは変えるべきだと思います。例えば、7~8小節目は変ト長調からハ長調への転調なので、明るい感じに変えることなどです。また、13小節はフラット系に転調するので、フォルテとありますが、曇ったニュアンスで弾くべきだと想います。21小節は、変ロ短調のピカルディー終止なので、明るい感じになるためにピアノと書いてあります。22小節は付加7音が下方変位するのでフラット系の曇った感じに変えます。このとき、バスのbが保続しているので、ハーフペダルの踏み換えが必要です。28小節からはホ長調なので、明るく、32小節からは頂点がフォルテですがフラット系なので少しだけ曇った感じが必要です。そういったちょっとした音色の変化は、たとえば34小節の4拍目は変ト長調の中に突然ハ長調の和音が借用されていたりするところでも必要だと思います。そのあたり、ドビュッシーはよく考えて指示を書いていて、そこにはテヌートを書いていますが、35小節の4拍目にはテヌートを書いていません。それは、その和音が変ト長調よりも更にフラット系の和音(重変ロ短調)であって、イ長調(シャープ系)でない和音だからだと思います。そういった交替を他の部分でもよく考えて音色を作ると単調さを回避できます。49小節からの部分は、フラット系の曇った音色をピアニシモのニュアンスに充て、音量よりも、左手にあるメロディーを浮かび上がらせることを優先させるべきだと思います。53~56小節は、ソプラノのメロディーライン、3度のパッセージ、左手のバスのライン(4分音符)、左手上声部の和音伴奏をすべてコントロールしなければいけないのでなかなか難しいところです。また、1拍ごとに調性の異なる和音が用いられているのでその質的変化も表現しなければいけません。54小節の1,2拍目の右手の3度パッセージは、ぼくは7つの3度をすべて1,2の指で演奏しています。56小節の同様な部分は、1、2と1,3の組み合わせをうまく使って演奏します。59小節から最後までは、メッツォフォルテとフォルテとフォルティッシモの区別をよく調べ、頂点がどこにあるかを考え、クレッシェンドをなるべく遅くから始めるように心がければあまり難しくありません。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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