ドビュッシー探求

12の練習曲より第7曲:半音階のために

2007/09/07

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第7曲:半音階のために 2m11s/YouTube

第6曲「8本指のために」と同じような音型を半音階でたくさん使っています。また、「8本指のために」と同様、ほとんど無窮動で最後まで書かれています。「8本指のために」では以前も書いたとおり、ドビュッシーは2,3,4,5の指使いにこだわりました。しかし、この曲では「8本指のために」と同じ音型であったとしても、1,2,3,4の指使いを用いるようにした方が良いと思います。その理由は、この曲にはおどけた感じ、スピード感、切れ味が必要であることと、イ短調という、フラット系の変ト長調の第6曲よりは明るい風情の調性をもつためです。ショパンやブラームスは彼らの作品で多くの指使いを考案していますが、ドビュッシーはそれをさらに進化させて、親指を黒鍵から白鍵へ移動させるさまざまな技法をあみだしています。また、ブラームスの演奏技法と同様、親指は短いから白鍵を打鍵するという一般常識はこの練習曲にはまったく使えません。同じモチーフは同じ指使いで弾くことでモチーフの音楽的表現の統一感が得られると思います。だから、場合によっては1の指が黒鍵に来てしまったりすることも起こり得るのです。そのときに2の指などを利用してそれを避けることはできますが、とても速いパッセージでそれが不安定さを引き起こす原因になるなど、良いことがあまりありません。
 また、2つの音をつなげて演奏する(レガート)場合、異なる指で演奏するのが常識ですが、この常識すらこの練習曲では通用しません。このように、この作品には標準的な指使いでは禁則となる方法でしか演奏できない部分が多く見受けられますが、リストやラフマニノフの練習曲と違い、決してそれが派手な演奏効果に直結せず、普通に聞こえる部分であるということ、控えめであるということ、それがドビュッシー一流の美意識だと思います。

演奏上の問題について
 この曲では、テーマが何度も出てきますが、テーマの最後が必ずドミナント和音で、トニック和音に解決しないまま転調して次に進んでしまいます。それがこの作品の無窮動な感じを演出している原因の1つだと思います。従って、転調するときは、前と後で相対的な明暗や強弱を考えて演奏するべきだと思います。そういう意味でしっかりとトニックに解決した感じが出ているのは、曲の最後の方、69小節のIV、70小節のIという進行など、極めて限られます。
 1~10小節は導入部で11小節の左手に曲のテーマが出てきます。最初はホ短調のような感じで始まりますが、1小節2拍から2小節1拍は減7和音の雰囲気、そして2小節のテヌートが付いた音だけをひろって、ド、レ、ソ、ミというラインは、教会旋法フリギア調的な雰囲気をもったメロディーのようです。5,6小節はこれも減7和音の響き、7,8小節は変ロ短調、9,10小節は半ずれ調のロ短調なので、これらが同じフォルテの指示をもっていても、7,8小節よりも9,10小節の方がより明るい感じを出すと良いと思います。
 11小節からは1~4小節と同じで4音一組の半音階がありますが、これは4,3,2,1の指使いで統一するべきだと思います。練習は、右手のポジションの前後の移動や各指の鍵盤上の打鍵位置などをよく確認してからするべきだと思います。15~20小節にあるような長い半音階は、なるべくポジションの移動がないように、1,2,3だけでなく4や5の指を使って演奏した方が良いと思います。また、15,17小節は3度の並進行なので、右の半音階を左の半音階より響くようにすると響きのバランスが良くなると思います。並進行はこれに限らず上を下よりも少し響かせることが基本だと思います。また、いろいろな考え方があると思いますが、15小節はヘ短調(フラット系)、16小節はホ長調(シャープ系)のV7のニュアンスを感じるので、それぞれ曇りのち晴のような意識をもつと演奏しやすいと思います。17,18小節も同じです。19~24小節の細かい強弱の変化はすべて守るべきだと思います。特に、19,20小節は、1拍目が右と左の半音階が反行形なので、それに合わせて強弱の変化をするべきだと思います。これは39,40、53,54小節なども同じです。25小節からのテーマは、11小節からのテーマと同じように浮かび上がるべきなので、和音の上が11小節からの部分と同じようにメロディーラインとして綺麗に歌われ、他の和音の構成音は和声の揺らぎを表現すると良いと思います。また、バスのファ→レという四分音符はメロディーの響きに乗せて立体的に響くようにしたいところです。これは35小節からの部分なども同じです。30小節からは、ト短調の響きですが、25小節からがハ短調の響きなので、同じピアニシモでも25小節からの方がより明るく細い響きだと良いと思います。また、30小節のピアニシモはsubitoですが、間はあけない方が良いと思います。間をあけないという意味では41から42小節にかけての跳躍も同じです。
 59~62小節は非常に難しいところですが、左手は6度の並進行の分散和音なので、as→g→ges→f→e→f→fis→g→as→a→b→h→as→a→b→hなどのラインを、細かい強弱の変化指示を守って弾くことです。左の指使いは、ぼくは6度の上はすべて1,そして下降音型のときは4,5、上行音型のときは4,3として、62小節の2拍目、h→his→cis→dだけが5,4,3,2としています。
 63小節からの右手の指使いは、ぼくは(1,5),4,3,2,1,3,2,1としています。1が連続しますが、最後の3,2,1を4,3,2にすると平行移動が大きくなるのでぼくはそうしません。右手にだけ集中していると左手のテーマ、バスの通奏低音のaが音楽的にならないので注意が必要です。71小節からの右手は細かいアーティキュレーションの指示が少しずつ異なりますが、これはすべて正確に表現するべきだと思います。78小節からは、テーマを綺麗につなげ、しかも跳躍を含み、ピアニシモなので難しいですが、柔らかいタッチで演奏することを心がけると良いのではないかと思います。当然、跳躍で間をあけることは避けるべきだと思います。
全体に、決して重くならない、軽やかな音色で、しかし音の分解ははっきりとした形で演奏されるべきだと思います。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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