ドビュッシー探求

12の練習曲より第4曲:6度のために

2007/08/17

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第4曲:6度のために 4m32s/YouTube

「4度のために」と同じく、全12曲の中で緩徐楽章的なニュアンスをもつ作品です。6度音程の響きの連続は、ロマン派まででいわば使い古された語法で、いわゆる無調音楽では禁止の語法で、優美で、ややもすると陳腐でゆるんだ印象を与えかねない表現ですが、第2曲の「3度のために」と同じく、ドビュッシーはここでも斬新な音楽を創りあげました。半ずれ調の使用をはじめとして極めて頻繁に転調するため、揺らぎと移ろいの中で音楽は進んでいき、決してロマン派の響きにならないように工夫されています。しかも、ドビュッシーはそれを曲中の細かなニュアンスの変化、強弱の変化記号を用いることでわれわれに親切に指示してくれています。だから、強弱の変更について指示は、すべてそういった理由を知るか、感じるかするべきで、表面的に守っても音楽にしにくいと思います。 曲は全体的にフラット系の響きでクラリネットの音色に似て曇った感じですが、数カ所、たとえば、10小節目の3拍目、28小節目の3拍目や、32小節など、突如としてシャープ系の明るい響きが用いられ、これが曲の音色としてのアクセントになっています。また、左手の伴奏にリズミカルな音型を用いるなど、決して冗長にならないようになっています。加えて43小節目などに複調的な響きを用いることもあって、結果として立体的に響きます。ドビュッシーはあまり複調を用いませんでしたが、複調やドビュッシーの用いた様々な作曲技法を独自の形で吸収して生まれたシマノフスキの傑作「メトープ」が、これらの練習曲と同じ時期に、しかも全く別の価値観で生まれていることは、シマノフスキの天才性を象徴し、興味深いところです。
 また、ここでも「4度のために」と同様、テンポの頻繁な変化の指示が目立ち、更に拍子も4分の3拍子と4分の4拍子の交替があります。
 全12曲の中では目立たない作品ですが、様々な工夫の施された素晴らしい作品です。

演奏上の問題について
 最初の6度のパッセージをはじめとしてさまざまな組み合わせの指使いが考えられますが、どの指使いであっても、レガートに響けば良いのです。それも指で物理的にレガートすることだけでなく、音の最初から最後までの響きをよく聴いて音を連結すれば、乱暴に言ってしまえば、すべて1と5の指で6度を弾いてもレガートになるはずです。また、強弱の指示ですが、例えば9小節目のピウ ピアノは、その前がb-moll で、ここからGes-durですから、その転調のニュアンスを感じれば自ずと響きが変化します。また、9から13小節では、バスと他の声部がすべて独立するように響かせるべきだと思います。21から24小節は、細かい臨時記号に長調、短調の微妙な変化が表現されているのですべてそれを感じて弾くべきでしょう。42から45小節はとても美しいところで、本当に繊細に弾きたいところです。
 この作品は、機械的な技術としてはあまり難しくありませんが、ドビュッシーならではのすごく繊細な音楽なので、12曲の入門として最適だと思います。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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